日記
それぞれの良さ
早いもので2月も中旬(×○×)
「1月は行く、2月は逃げる、3月は去るであっと言う間に過ぎるでっ!」
と高校受験の時に中学の先生がおっしゃった言葉..。
未だに沁みる..。
..。確定申告しなきゃ..。少々焦っております..。
2月14日はバレンタインデーでしたね。
いつのまにか国民の一大行事化して
お正月気分がそろそろ抜ける頃から
百貨店でもスーパーでも
盛大にバレンタインフェアが始まり、
なんと阪急うめだ本店の売り上げは今年約31億円だったとか!
かく言う私も、しっかり義理チョコと自分用のチョコ(これ大切)にと
売上に貢献いたしました..。
貴方の職場やお仲間うちでも
「義理チョコあげるあげない論争」や
「義理チョコあげる派、あげない派」の派閥があるのではないでしょうか?
私はどちらかというと「あげる派」で、
一年に一度、お世話になっている方に御礼ができる機会と思っていて、
円滑な人間関係構築のための重要なスキームと考えております(←どないっ!!)
あ、そうそう。
スキームって日本のビジネス界では
「目標達成のための具体的な方法や枠組み」と意味づけされているようですが、
語源の英語「Scheme」は「陰謀」「策略」「悪だくみ」という意味合いも含まれるとか。
と聞いて
「ふふっお主も悪よのう..。」
と悪代官と越後屋の密室での会話を屋根裏から盗み聞きしている由美かおるを思い出した貴方
同世代ですね。
最近は男性だけではなく女性にも「友チョコ」として配るようになりました。
で、契約先の社員の女性からも趣向を凝らしたものを頂くのですが
ほぼ毎年袋菓子(不二家のホームパイとかグリコのポッキーとか)の詰め合わせを
ファンシーな袋に入れて下さる方がいらっしゃいます。
他の方々が所謂「名の通った」ブランドやきらりセンスの光るチョコやお菓子を下さる中、
正直「おお?!」と思うのですが
この袋菓子の組み合わせが絶妙で
今年はわさび味の米菓子が紛れていてこれがなんともいいアクセントになっていました。
「きっと一所懸命組み合わせを考えていらっしゃるんだろうなあ!」
と思うととても愛おしい。
人も同じですね。
見るからにセンスが光るかっこいい人。
一見地味だけれども話すととても魅力的な人。
一見粗野に見えるけれども実はとてもきめ細やかな気配りができる人。
「それぞれの良さ」を知るとより人生が豊かになるし
見たものをどう受け止めるかはその人の度量が試されている
そう思います。
白状しますと、
毎年のように頂きながら
この「袋菓子詰め合わせ」の良さに気づいたのは今年。
なんと私の度量は狭かったことか。
失くしてはいけないもの
1月末神戸市東遊園地近くのお客様にお伺いしたところ、
丁度神戸ルミナリエ開催中で、点灯している作品を観る事が出来ました。
まだ外が明るいにもかかわらず圧倒される美しさ。
夜空の下での美しさは言わずもがなですね。
そして一昨日、東遊園地を通るとせっせと解体作業中で
そういえばこの写真を撮った日は結構な人数の警備員が配備されており、
「運用資金はどうなっているんだろう?」と気になり、調べてみました。
開催経費は約5億円で、昨年から1部有料化されたようですが、東遊園地は無料で解放されており。
主な財源は企業の協賛金や企業募金、個人の方からの募金、来場者からの「一人100円」募金などだとか。
コロナで暫く中断していましたが、昨年から再開されたものの、
年々企業協賛金や来場者寄付は年々減っており財源確保には大変苦労されているようです。
昨年から一部有料になったこともあってか、昨年は来場者がコロナ前から3割以上減ったようですが、
従来のように順路の指定がなく自由に歩きまわることが可能となり、
会場を分散させるなどの工夫により、
会場周辺の飲食店などを利用する人も多かったでしょうから、経済効果も大きかったのではないかと思います。
そういえば若かりし頃一度だけ行ったことがあるのですが、寒い中大勢の人波に流されながら歩き続け、
最終目的地の東遊園地に着くころには疲れ果てていた思い出があり、
それから行かなくなったなあ。
今年たまたま作品を目の当たりにし、
こうやって調べて「ゆったりと自由に作品を楽しめるようになった」ことを知り。
来年はあらためて陽が落ちてからゆったりと作品を楽しみに行こうと思っています(しっかり募金してね)。
神戸ルミナリエは
「阪神・淡路大震災犠牲者への慰霊と鎮魂の意を込めるとともに、都市の復興・再生への夢と希望を託して、大震災の起こった平成7年の12月に初めて開催され、以来、震災の記憶を後世に語り継ぐとともに神戸の希望を象徴する行事として多くの皆様に支えられ、神戸の冬の風物詩として定着し、第29回神戸ルミナリエは約229万人もの来場者で賑わいました。」(神戸市HPより)とのことで、継続を望む声も多いとのこと。
「神戸ルミナリエ」が「神戸の希望」の象徴であるならば、
勝手な思いですが是非絶やさないでほしいと切に願います。
自分にとって失くしてはいけないもの
大切にしているものが
他の人にとっては取るに足らないもので
それを失わないために必死になっている貴方を
知りもしないで笑う人がいたとしても
どうか失くさないで。
「失くしてはいけないもの」であることに気づかなかったために
失くしてしまって
それがどんなに大事なものだったのか
気づいたときには
取り返しがつかないのだから。
と思うのです。
バタフライエフェクト
今週も色々ありましたね。
今回のフジテレビの件といい
韓国大統領の弾劾問題といい
兵庫県知事を取り巻く問題といい
事件発生、あるいは発覚後の展開に驚くことしきりです。
「たられば」はないし憶測でものを言ってはいけませんし、
あくまでも私見ですが、
今回のフジテレビの件で、
最初から会食に誘ったのがフジテレビの社員ではなく中居氏だったということが明確になっていれば
事態はまったく違う展開になっていたのではないかと思わずにはいられません。
このような企業に関わる事件が公になった際に思うのは
そこで生活のために、家族のために、自分自身のキャリアを高めるために
懸命に働く事件に関係のない人達のことです。
事実を正しく報道しないことが
どれほどの人にどれほどの影響を与えるか。
恐らく発信者が想像できないところにまで
影響を及ぼす可能性があることについての怖れを
報道、マスメディアに携わる人は十字架のように背負う覚悟が出来ている
と私達には信じているところがありませんか?
だからこそ、しっかりと裏取りが取れた報道しかしないのだと。
「バタフライエフェクト」という言葉をご存知の方も多いかと思います。
(TV番組の題名にもありますし)
そもそも「バタフライエフェクト」は
「蝶がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも遠くの場所の気象に影響を与えるか?」という問い掛けと、
もしそれが正しければ、観測誤差を無くすことができない限り、正確な長期予測は根本的に困難になる、
という数値予報の研究から出てきた提言に由来する」(Wikipedia)らしく
NHKの番組「映像の世紀バタフライエフェクト」は
「蝶の羽ばたきのような、ひとりひとりのささやかな営みが、いかに連鎖し、世界を動かしていくのか?」をテーマに
「世界各国から収集した貴重なアーカイブス映像をもとに、人類の歴史に秘められた壮大なバタフライエフェクトの世界をお届け」する番組なのだそう。
蝶の羽ばたきのようなささやかな発言や行動が、
想いもよらない結果になることを
もしかすると誰かの人生を狂わせる可能性があるということを
こんなふうに簡単に誰でも情報発信できる今の世界にあっては
私達一人一人が充分に肝に銘じる必要があると
つくづく思ったこの1週間でした。
被害者にも加害者にもならないために。
私達の強み
うかうかしている間に1月も末。
今週も色々なことがありましたね。
土曜日、泣きながら朝ごはんを食べる羽目になりまして。
なんで泣いたのか?
自分でもなんでこんなに泣けるのかと不思議でした。
たまたまつけていたテレビでNHKの「プロジェクトX」が流れており。
2011年10月にタイを襲った大洪水では日系400社以上の工場が生産設備ごと水没し、
そこから如何にして日系企業や現地のタイ従業員たちが立ち向かっていったかという内容でした。
「緊急派遣5千人 日本メーカーの総力戦~タイ大洪水との闘い~」というタイトルがついており、
主に
タイ工場で生産していた半導体や電子部品などの供給が止まることによる日本の物づくりが止まる事を阻止するため
そして何より働く場を失ったタイの優秀な技術者達を救済するために
当時観光でさえなかなか入国が難しかった時代に
企業の垣根を越えて総力戦で日本政府に5千人もの技術者の受け入れ交渉を粘り強く続け遂に実現する姿と
その後現地工場の再建がかなった企業と叶わず現地従業員を解雇せざるを得なかった企業の姿が
映し出されていました。
私が涙したシーンは
ラピタセミコンダクタアユタヤの現地女性技術者のインタビューで
二人の年老いた姉を支えるため懸命に働いてきた彼女が
洪水により一瞬にして働く場を奪われながらも
日本の経営陣の前では笑顔を見せていたと語っていた時で、
語る彼女の姿は、
苦難を受け入れながらも懸命に生きてきた人なんだなあと
なんとも神々しくさえ思えるものでした。
「この先どうなるのか」と自宅ではおいおい泣きながらも、
当時の社長山田さんが私達を家族のように大切に思ってくれている事、
なんとか復旧させようと、私達の職場をなくさないように
奮闘してくれていることがわかっているから、
皆の前では笑顔でいなければいけないと。
スタジオにいらしたニコンタイランド当時の村山社長が
涙したのは
水没した工場の状況を伝えるために送られた写真に映し出された現地の従業員が
「皆笑顔だったんです」と。
ニコンは再建できましたがラピタセミコンダクタアユタヤの再建は叶わず。
山田社長が従業員を集めそのことを告げ謝罪した時の映像が流れていましたが
奮闘していた山田社長の姿を見ていた従業員たちは
誰一人経営陣を責めず、逆に今までの感謝の言葉を口にしている姿がありました。
この山田社長が最後に
「再建は叶わなかったが、なんとか復旧させようと
皆で一生懸命考え意見を出し合って歩んだ過程はその後彼らが生きていく上で力になった事は間違いない」
といようなこと(うる覚えなので正しくないかもしれません。ご容赦ください)を語られ、
私の心にとても響いたのでございます。
タイの工場をたたんだのちも山田社長は現地に残り、希望者の再就職先を全員手配し、
自分も現地で再就職し年に一度当時の仲間で集まるのだとか。
困難をともに闘った者同士は経営者と従業員という主従関係を超えて、
仲間になり、家族になるんだなあ。
家族的な経営。
グローバルな経済市場において、日本の影響力がどんどん薄れていると言われていく中、
欧米にはないこの「家族的な経営」風土が、
「強み」なのだと、
語られていた当時の現地リーダーたちの言葉に
勇気づけられながらも、
日本が成長してきた理由を今こそ再認識すべき時なのだと
とても思います。
折り合いをつけるために
早いもので阪神淡路大震災から30年。
特集番組も多数ありましたが、
私は観ることができませんでした。
私は直接震災の被害にはあいませんでしたが、
お客様が亡くなったり、
お客様や同僚が被害にあって家屋が損壊していたりで
当時のことを思い出すにはまだ昇華できていないようで、
観るのが辛いのです。
今でも思い出すのが、
震災後六甲道にあるお客様の事務所を訪ねた時のこと。
確か電車がまだ開通しておらず
JR(だったと記憶しています)が臨時バスを出していて、
瓦礫の中、バスに揺られて向かったことを憶えています。
バスの中では誰もが無言でしたが、
スピーカーからずっと音楽が流れていました。
八神純子さんの「思い出は美しすぎて」が流れた時
ひとりのおばあさんが
「こんな曲流すな!止めろ!」
と怒り出したのですが、
誰も反応せず、
運転手さんも音楽を止めず。
おばあさんは何度も声をあげるのですが、
誰も反応せず。
やがておばあさんも諦めて黙り込み。
誰一人話さない中、
音楽だけが鳴り響いていました。
私は正直「ああ、嫌だなあ」と思っていました。
ああ、嫌だなあ。
怒鳴り声は聞きたくないなあ。
これ以上辛い気持ちになりたくないなあ。
おばあさんの声を聞くのがとても辛くて、
静かになったとき、ほっとしたことを憶えています。
お客様の事務所に到着すると、
いつもはネクタイを締めていらっしゃる所長が
作業着のようなものを着て
首に掛けたタオルで顔を拭いながら、
「今トイレ直してたんや」と
明るく笑顔で話しかけてくださったことが
なんとも逞しくて
とてもほっとしたことを憶えています。
あのおばあさんのことを思い出す度
「あんたに何がわかるねん」と言われるかも知れませんが、
怒鳴り声とともに
行き場のない怒りや悲しみを吐き出せずには
いられなかったのだと
今なお、なんともやるせない気持ちになります。
人の感情は「喜び」「悲しみ」「嫌悪」「恐怖」「怒り」の5つ感情が基本的にあり、
感情の組み合わせで状況により
例えば恐怖+怒り=憎しみ、悲しみ+恐怖=不安、喜び+恐怖=驚き等
さらに様々な感情が生まれるのだとか。
5つの感情の中で唯一ポジティブなのが「喜び」だけであることがわかります。
これは私達が生き延びるために常に危機感を持てるよう、
このような脳の仕組みになっているのだとか。
だからこそ、私達は幸せを感じている時、
「いつまでもこんな幸せが続くはずがない」という恐れが常に背中合わせにあり、
嫌な事が続くと
「もう私には良いことなんて起こらない」
→「生きていても仕方ない」と思いがちになることにも合点がいきます。
でも私達は
「もう私には良いことなんて起こらない」と今思っていても
なんとか踏ん張って頑張っていれば
何年か後には
「もう私には良いことなんて起こらない」と思いながらも
神戸や淡路島が復興して目まぐるしい発展を遂げているように
あの時自分なりに精一杯頑張ったから
今があるんだ
と思える日が来ることも経験から知っています。
そうやって脳の中で折り合いをつけて私達はなんとか生きているんだなあと思います。
沢山経験しましょう、色々な事を。
ちゃんと意思をもって今を意味のある過去にするために
折り合いをつけていくために
ドジャース入りを決めた佐々木朗希投手の言葉
「野球人生を終えて後で振り返ったときに、正しい決断だったと思えるように頑張ります」
すごいこと言うなあ
おばちゃん一気にファンになりました。

