日記

2025-03-30 17:00:00

正常と異常の境目

ミャンマーの地震で今現在の死者数は1000名を遥かに超えて、

大惨事となっていますね。

 

最近神戸の老舗の洋食屋さんとお寿司屋さんでごはんを食べたのですが、

2店ともミャンマー出身の若い女性がスタッフとして働いておられ、

老舗の洋食屋さんでは

インド系の華奢な女性が丁寧な日本語で一生懸命給仕してくれて、

会計の時にお店の人に「日本語が上手いあの方はインドの方?」と伺うと、

「もともとはインドらしいのですが、

ミャンマーからだそうです。」

とのこと。

たまたまかも知れませんが、

多くのミャンマー難民が祖国を離れ、

日本が今「第三国定住ミャンマー難民支援」として受け入れている人たちなのかも知れない

とふと思ったりしていました。

 

その矢先だったので、地震のニュースを目にしたとき

一生懸命な彼女たちの顔が浮かびました。

 

彼女たちのご家族や友人、そして家は大丈夫だったのだろうか?

難民として避難してきているのだったら大丈夫なのか。

それがそもそも残酷なことじゃないか。

などとやるせない気持ちで色々思いを巡らせてしまいます。

 

今ミャンマーは国軍と民主派勢力、そして少数民族との間で戦闘が続いており、

地震後も国軍は空爆を続けているとか。

軍によるクーデター後の死者は6000人以上に上るという報道もあり、

今回の地震により本当に支援が必要な人に内外からの支援物資が届かない可能性は充分想定できます。

「人道支援」という言葉が虚しく思える現状です。

 

ヒトラーは晩年、コカイン中毒だったことをご存知でしょうか。

(私はつい最近知りました)

ホルモン剤から始まり鎮痛剤から覚せい剤、

そして第2次世界大戦勃発後1944年のヒトラー暗殺未遂事件で

ヒトラーは耳を負傷し、その痛み止めのために

コカインを常用していたとか。

そのせいなのかどうなのか。

誇大妄想にとりつかれ、現実逃避が目につくようになっていったとか。

 

ヒトラーが薬物中毒でなければこの世界は変わっていたのか。

 

正常と異常の境目は何処にあるのかと考えます。

「正常な世界」と「異常な世界」

「正常な権力者」と「異常な権力者」

「正常な心」と「異常な心」

誰にとって正常で、誰にとって異常なのか。

 

「異常な世界」の真ん中にいても

気づかず生涯を終えてしまう人もいて

気づいても「異常な世界だ」と声をあげる手段を知らず

朽ちていく人もいて

声をあげてもかき消されてしまい、

やがて諦める人もいる。

そもそも

私自身は正常なのだろうか。異常なのだろうか。

 

 

ここまで考えふと彼女たちに思いを馳せた時

現状が異常であっても正常であっても

関係なく

彼女たちの未来は祖国の希望になるのだということに

気づきました。

 

この世界の片隅で

祖国を離れ、遠い異国の地で、一生懸命言葉を覚え懸命に働く彼女たちは

生きることに必死な彼女たちは

確実に生き抜くための力をつけていっているし、

今の経験はこれから生きていく上での肥やしになるのは間違いありません。

 

彼女たちが明日のアウンサンスー・チーになるかもしれません。

 

そしてそんな彼女たちに

祖国が今正常か異常かなんて聴くことがどんなに愚かなことなのかと

同じ場所に居ながら全く違う世界に居ることに

愕然とします。

 

 

 

 

 

 

2025-03-22 22:20:00

おはぎとぼた餅

早いものでお彼岸ですね。

 

お彼岸になると仙太郎の「ぼた餅」を求めて店頭に並んできた私。

 

仙太郎の「ぼた餅」は青じそが入っていて

なんとも美味しく私の大好物だったのでございます。

ただ春も秋も「ぼた餅」として販売していたので、

「きっと老舗の和菓子屋さんらしい拘りがあるに違いない」

と思いつつも不思議に思っていたのですが、

なんとここ数年は「おはぎ」として

「ぼた餅」より小ぶりになって販売されているのでございます。

勿論「おはぎ」も大好物で、

今年も並んで美味しい「おはぎ」を頂きましたとも!

でもなんで「おはぎ」になったの??

 

調べました。

 

私はおはぎとぼた餅は同じもので

春のお彼岸は春に咲く「牡丹」の花から「牡丹餅」

秋のお彼岸は秋に咲く「萩」の花から「御萩」 と呼ばれると思っていたのですが、

それだけではなく、また地域によって色々な由来があることがわかり、

おはぎ一つとっても色々な思いが込められていて、

私達の先達はなんて豊かに暮らしてきたのだと思います。

 

まず「牡丹餅」

春のお彼岸の頃に咲く花の形が似ているからというだけでなく

魔除けや病除けによく使われる色である、赤い花弁を持ったものが多く、

魔除けや厄除けの効果をあやかれるようにということでもあるのだとか。

そして「御萩」

秋のお彼岸の頃咲く萩の花が小豆と似ているからということと

生薬として使われていた萩の花の効能である魔除けや病除けといった効能にあやかれるようということでもあったとか。

 

また、大抵はぼた餅はこしあん、おはぎはつぶあんを使うらしく

これもしっかり理由がありました。

小豆は秋に収穫されるので、乾燥させて年中あるものの旬は秋なので、

秋に頂く「おはぎ」は

採れたばかりの柔らかく薫り高い小豆を使うことが出来るので、

小豆の香りや食感を楽しめるつぶあんが使われることが多く

春は冬の間保管され、すっかり乾燥して皮が固くなった小豆を使うことになるため、

固い皮を取り除いて作られるこしあんが基本になったといわれているそうで。

 

そうだったのか..。

 

形や米の品種でおはぎとぼた餅を区別する地域もあるそうで、

ぼた餅は牡丹の花のように大きめで丸型、おはぎは萩の花のように小ぶりで俵型と区別したり

もち米で作ったものをぼた餅、うるち米で作ったものをおはぎと区別する地域もあったり

 通年同じ呼び方をする地域もあるのだとか。

最近は季節の関係なく「おはぎ」という名前で販売しているお店が多いですよね。

 

で、仙太郎の「おはぎ」

なんでも「ぼた餅」に使われる「丹波大納言小豆」の生産農家が大幅に減った上に数年にわたる不作で

令和元年の7月から大きいことで有名だった「ぼた餅」(120g)から今の小ぶりの「おはぎ」(80g)になり、

値段は240円から180円(税抜き)に改定されたとのこと。

 

小さくせざるを得ない事情があり、

実際に小さくしたぼた餅を見て

「これはもう仙太郎のぼた餅と違う!」

となったのかな?(知らんけど)

 

180円?!

私が今年買ったおはぎの値段は税込238円。

ということは税抜220円!

こんなに値上げしていたことに驚きながらこの文章を書いております。

 

こんなことならもっと味わってゆっくり食べたら良かった..。

(て購入する前に値段見て気づけ私)

4月1日から紙袋も有料になるらしく..。

 

「ぼた餅」「おはぎ」のために、

仙太郎は自前の小豆、もち米の畑つくりに取り組んでいるようで

和菓子の過程で生じる「小豆滓、澱粉の残り滓」を干して肥料にして

「土に戻す」のだとか。

 

そういう真摯な取り組みが透けて見える「おはぎ」

また今年の秋も来年も再来年もこりゃ並ぶよな、私。

 

 

「おはぎ」に限らず、「和菓子」に限らず、

人が作りだしてきた全てのものには物語があり、

その物語を知ることはとても大事なのだと思います。

 

人も同じで、全ての人には物語があり、

その物語を知ることはとても大事なのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

2025-03-16 12:04:00

ジャケット

今週は前半暖かくすっかり春の気配でしたが、

昨日からまた寒くなり、体調管理が大変ですが如何お過ごしですか?

 

暖かくなったので先日勢いで買ってしまったブラウスに

何か羽織るものをと思い

お客様訪問日でもあったのでジャケットを着よう!

とクローゼットを物色するものの

「ない!」

いや、クローゼットの中にはちゃんと

ジャケットは数枚あるんです。

あるのですが、今の自分が「着ていける」ジャケットがない!

(服あるある)

勤め人の頃は迷うことなく毎日着ていたのに..。

と自分のライフスタイルが様変わりしたことを

しみじみ思う私。

 

そう言えば、久しぶりに会った勤め人時代お世話になった方が

「こんな感じの人でしたっけ?」

「こんな風に笑う人だったんですね」

とおっしゃられ、

私自身は意識していなかったのですが、

印象が随分変わったようです。

 

勤め人時代は

ジャケット、膝下丈ののスカート、ストッキングにパンプス

勿論黒髪で数十年過ごしていましたが

今はピンク系の茶髪で

今は企業研修や余程の改まった席以外は

だいたいはセーターかプルオーバー、

 パンツ、スニーカーという

自分が過ごしやすい服で色々な場所に出向いております。

 

最近見た目が益々重要視されているなあと思うことが多々あります。

若者と話すと、色白になるために定期的に注射を打ったり、

ボトックス注射やプチ整形のために

定期的に韓国に行ったりと

「美」の対する執着が凄いことになっているなあと思います。

 

私達の世代はどうかというと、

 改まった場での

そぐわない服装や振る舞いは

「良識がない」ということになるでしょうか。

  

勤め人時代も今も

時々講師という立場で皆様に接することがあるのですが、

ある時「講師」を生業にしている人に

「歯をどうにかしないとだめだ」と言われ、

それまでにも何人かの人にそのようなことを

仄めかされたことを思い出しました。

ホワイトニングなどは考えたこともなく、

歯の裏は色素沈着で酷いことになっていて

今思えばそんな歯でよく平気で人前に出ていたものだと

そして対面で不快になられていた方も多かったのではないかと

申し訳ないやら恥しいやらで

赤面してしまいます。

 

指摘を受けてから抜本的に歯の治療を行って

今は3カ月に1回定期的に歯医者さんに通い

検診と歯の掃除をしているのですが、

歯の治療後は肩こりや頭痛がましになったりと

「なんで早く行かなかったのか」と悔やんでおります。

 

余談ですが、

歯周病はひどくなると歯周病菌が全身にまわり

糖尿病や動脈硬化による心筋梗塞や脳梗塞、

誤嚥性肺炎などを引き起こすのだとか..。

歯周病予防のためにも、定期検診、ほんま大切。

 

歯を綺麗にするようになってから人の歯が気になるようになった私。

するとっ!

なんと世の中には歯に気を配っていらっしゃる方が多い事かっ!

はぁ..。皆様知らぬうちにしっかりケアされていらっしゃったのですね..。

で、歯のケアを全くしていないであろう私に

アドバイスしたけれども

はっきり伝えるのが憚られて

「それとなーく」伝えて下さっっていたのに

まったくそんな意識がない私は「聞く耳を持たなかった」ので

その講師の方にはっきりと指摘されるまで気づかなかったわけで..。

 

くう!

もしや歯以外にも私の至らなさを「それとなーく」伝えて下さっていたのに

鈍感な私は気づかず。

あるいは「放っておいてよぉ!」と反発し受け入れられず、

貴重なアドバイスを放置してきたのではないかと

思い当たることも多々あり

今さながら悔やんでおります。

 

と悔やんでばかりいても仕方がない。

今が一番若いとき。

指摘してくれる人がいらっしゃることは幸せな事。

素直な心でその指摘を受け入れられる自分でいるよう

私自身成長しなきゃね。

 

ジャケットを着なくなった今の私の出立は

今の私のライフスタイルに合った快適なものだけれども

次のステップに行くためには

「ジャケット」が必要な場所にどんどん出向きたいという

気持ちがあり、そろそろ「自分にあった」ジャケットを

探しに行こうと思っています。

そして、今の自分に合わなくなった服は

「断捨離」しようかなと。

 

そうやって新陳代謝を繰り返して

私は成長するのだなあと

思います。

 

 

 

 

 

 

 

2025-03-09 13:00:00

我々の願いはただひとつ「生きること」

今日は春らしい陽気の一日で、

「冬来たりならば春遠からじ」

という私の大好きな言葉が思わず口をつきます。

 

トランプ大統領がプーチン大統領への信頼を明確にし

ウクライナとロシアの戦局が新たな局面を迎えている今、

そして、

オウム真理教による地下鉄サリン事件発生から30年を迎えようとしている今、

NHKの「映像の世紀バタフライエフェクト」で

第二次世界大戦中の独ソ戦を扱い

「プロジェクトX」では地下鉄サリン事件を扱っていて

NHKの気概を感じました。

本来のジャーナリズムとは、

こうやって私達に問いかけるものであると私は思っています。

 

独ソ戦でソ連が勝利しましたが

この戦争での死者はドイツ700万人、ソ連2700万人。

ソ連では国民の10%以上が亡くなったそうです。

独ソ戦はナチスドイツの攻撃から始まった理不尽きわまりないもので

当初劣勢だったソ連が多くの犠牲を出しながらの決死の戦いで勝利し

最後にはベルリンを一斉攻撃し勝利しますが

その際に兵士たちが叫んだ「ベルリンへ!ベルリンへ!」と

勝利後国会議事堂に書き残した

「覚えておけ、忘れるな。我々はもう一度同じことがやれる」

という80年前のこれらの言葉が 今ロシアで復活し、

独ソ戦の勝利は「国家の誇りを取り戻した」象徴的な戦いとして

再評価され戦争の記憶が美化されているそうです。

「映像の世紀」の番組の中では

2020年これらの言葉について語るプーチンの映像も流れ

「我々はまたできるのでしょうか?」という問いに対し

「見方による」という前置きをおきながらも

「私達は2700万人を失った。同じような損失を被った国は他にはありません。

誰かが同じような事をする勇気があるなら、我々は再びそれを実行するでしょう」と言う。

 

 番組の最後にソ連軍の捕虜となり、今ベルリンのカイザー・ビィル・ヘルム協会に展示されている

「塹壕のマドンナ」(スタンリングラードの聖母)の作者、

ドイツ軍医、クルト・ロイバーが

収容所で病死する前に家族に送った最後の手紙が紹介されていました。

 

「我々はみな平和を願い平和に憧れているが

実際には何を望んでいるのだろうか。

今なお武器をとって敵を倒すことだけが

自分の主張を貫くための手段だと考えている人ばかりだ。

もう次の戦争のことを考えてでもいるのだろうか。

我々はみな、将来は良心の声に従って生きるのだろうか。

もし、前と変わらぬまま

心の奥底に何の変化もないままなら

我々はこれほどまで深刻な体験をしたにもかかわらず

もはや人として生きるのは値しないだろう」

 

クルト・ロイバーが塹壕から家族に送った手紙の中に書かれた言葉

「我々の願いは1つだけ。「生きること」、生き延びることだけだ」

 

彼は父であり、夫であり、そして息子であり、

誰かを愛する、そして誰かに愛される人だったのです。

 

私達の国は今戦下にありませんが、

様々な理不尽なこと、様々な暴力、

言葉の暴力や嫌がらせやいじめで

生きることを諦めてしまう人がいる。

「助けて」と言えずに諦める人がいる。

人が生きることを「奪う」人がいる。

 

だからこそ忘れてはいけないと思うのです。

「我々の願いは1つだけ。「生きること」、生き延びることだけだ」

ということを。

その願いのために私達は頑張ってきたのだということを。

私達の親たちは私達を生かすために頑張ってきたということを。

だからこそ、誰も、貴方自身も

貴方の「生きる権利」を奪ってはならないということを。

  

 

 

2025-03-02 12:54:00

誰もが怖いと思っている

3月です!

 

ある若者との会話。

「今年の目標は英会話とヨガを始める事なんやけど、どちらもまだ始めてないわ!」と私。

「大丈夫です!まだ今年は始まったばかりです!」と若者。

「いうてももう3月やで。」と私。

「あ、ほんまや!

今年の終わりに「始めようと思ってたらあっというまに年末や!来年の目標にしよう」と私に言うてはる姿が目に浮かびます!」 

 

うっ...。

 

♪いっぱい聞けてぇいっぱい学べるぅ♪

とりえず駅前留学しようかなぁ..。(まだあるんかなぁ)

 

先週報告しました「ウォシュレットのノズル」故障の件。

ノズルから水が出なくなることは結構あるらしく、

ネットで検索すると対応方法が沢山でてきて「おお!助かった」

とひとつひとつやってみましたが解決せず。

これはいよいよTOTOに修理依頼かぁ。

と思いつつ諦めの悪い私、ノズル側の給水ホースの接続部周りを触っているうちなんと温水復活!

何が悪かったのか謎ですがもしかすると水抜きレバーを触っていたのかも.。

温水シャワーのノズルがでなかった時にこのことを思い出して下されば幸いでございます。

(だいたいはセンサーを綺麗に拭いたり電源のOFFONで解決するらしいですが)

 

 

「心が開くとき」がどんな時なのか。

カウンセリングをしていると明らかに「心が動いている」瞬間に立ち会うことがあります。

カウンセリングではなくても、日常生活の中で貴方も経験されたことがあるのではないでしょうか。

ある言葉がきっかけで表情がかわり、目に力がでてくる。

あるいはおいおい泣きだす。

泣くのを堪えながら一生懸命話し続ける人もいらっしゃったり。

今まで抑えてきた感情が堰を切ったように溢れ出てどうしようもないという感じでしょうか。

それは端的に言うと「誰もわかってくれない」苦痛や孤独の中、

「分かってくれる人がいたんだ」と思った瞬間ではないかと思います。

あるいはその言葉をきっかけに色々な事を思い出し、感情が溢れてしまったのかも知れません。

そこでやっと自分の居場所を得ることができるのではないかと思います。

 

同じ分野で、たとえば音楽や絵画や小説や。

医学や科学やスポーツの世界で。

同じ分野でより高みを目指している人から言われると

尚更だと思います。

 

坂本龍一が、癌に侵され余命いくばくともない頃

「ずっと音楽を続けていきたいとおっしゃっていましたが、その原動力は何ですか?

僕は苦しくて辞めたくなることが多いです」という若いアーティストからの質問に

「どれだけ作っても100%満足できるものができない。満足してしまったら終わりなんだけど。

上には上が限りなくあるので、どんなに頑張っても..。でもちょっとでも近づこうと、1歩ずつ階段を上るように努力するけれども、本当にきりがないほど上がいるので、一歩でも近づきたいというのはある」とおっしゃる。

 

「一流とはこういう人をいうのか」と私は感動するけれども

この答えを直に聞いたアーティストの心中はきっと、音楽によって生かされも苦しむこともしてきたからこその思いがあっただろうし、

今はもしかするとピンとしない言葉が何年か後に「わかる」瞬間があるのではないかと思うのです。

「こういうことだったのか」と。

 

ピアニストのマルティン・ガルシア・ガルシアが

 能登の高校を訪問し、難曲をやっと弾けるようになった途端に被災した生徒が

4か月ぶりにピアノに向かっても思うように弾けず

「ピアノに向うことが怖い」と言った時

「みんな平気な顔をしているけど、皆怖いんだよ。皆そうなんだよ」という。

 

高みを目指して自己研鑽を重ねてきたからこそ響く言葉に

その高校生はまだ心もとない感じだったけれども

きっとこの言葉が彼を後押ししてくれる時が来るのではないかと思います。

 

同じ職場で同じ分野の仕事をしていて壁にぶち当たった後輩に、部下に

同じ経験をしてきた貴方が掛ける言葉は

その時には響かなくても

いつか響く時がきて、それはきっと大きく心が動く時で、

その人が成長するときなんですよね。

 

この人は成長したいと願っている。

そう信じて関わることがその人の未来を作っていくのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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