日記
ニューロダイバーシティ
「腸内フローラ」ご存じですか?
恥ずかしながら私、言葉は聞いたことあるものの、
具体的にはどういうものなのか、最近まで知らず。
「腸の中にすんでいる細菌の集まり(生態系)」のことだそうで、
しかも 人によって“まったく違う”のだとか。
腸内フローラは
食べ物の消化を助けたり
ビタミンを作ったり
免疫を調整したり
メンタルに影響する物質を作る
病原菌の侵入を防ぐ
らしい。
だから乱れると
便秘・下痢 や肌荒れ、 免疫低下やアレルギーが悪化したり
精神的不調を起こしたりするのだとか。
乱れないためには
発酵食品(ヨーグルト、味噌、納豆、キムチ)や
食物繊維(野菜、海藻、雑穀、寒天)を食べて
規則正しい生活を送り適度な運動をしましょう!
ということらしいです。
それにしても人によって全く違うのが興味深いところです。
何故違うのか!ですが
まず生まれたときに
経腟分娩か帝王切開か
母乳かミルクか
この時点で腸内細菌の“初期セット”が決まって
食生活、和食中心なのか肉中心なのか
発酵食品をよく食べるのか
などで腸内細菌の種類が大きく変わるらしく
睡眠や運動などの生活習慣やストレス
年齢や遺伝的な体質も腸内細菌の構成に影響するとか。
だから同じものを食べても、
腸内フローラが違えば身体への影響も違うので
ヨーグルトが合う人・合わない人がいる
食物繊維で便秘が改善する人・しない人がいる
太りやすい人・太りにくい人がいる
のだそう。
ここまで知って、
人の脳の特性についてふと思いを馳せてしまいました。
ニューロダイバーシティ
(Neurodiversity/神経多様性)という言葉をご存じでしょうか?
「脳の多様性は自然なもので、優劣ではない」ということを示す言葉です。
脳の仕組みは複雑すぎて、わからないことだらけですが
同じ場所で同じような体験をしても
「なんでそんな捉え方するの?」
「なんでそんな行動をとるの?」
なんて思うことはしょっちゅう!
ではないでしょうか。
生まれながらの脳の特性に加え、
今まで経験してきたことや環境によって
誰一人同じ脳、同じ思考を持つ人はいないわけで
そう考えると、
「あの人何考えているのかわからない!」
のは当然なんだなあ
と思うと少しは気楽に生きられるかなあなんて
思います。
花束をあなたに
今年3月に沖縄県・辺野古で発生した船の転覆事故と、
つい最近福島県内の高速自動車道で起きたバス衝突事故。
被害に遭われ亡くなられた高校生の事を思うと
なんともやるせない。
そして関係者の会見を見てなお一層
なんとも虚しく、やるせないです。
折しも今日は母の日。
子が母に感謝し、母は子の成長を喜ぶ。
そんな”当たり前の幸せ”を祝う日。
今日の日を
幸せに過ごしている人も居れば
静かに過ごす人も居れば
胸が痛む人もいる。
今回のような自分ではどうしようもない事故やご病気で
逆縁の不幸に身を置いていらっしゃるおかあさんにとって
今日という日がどれほど辛い日なのかと思うと胸が締めつけられます。
今日という日に
感謝の言葉を伝えることができなかった子供達は、きっと伝えたかったはず。
今日という日に
感謝と愛を込めて
花束をあなたに。
愛しい人。
愛しい愛しい人。
幸運の女神には前髪しかない
公明党が自民党との連立を離脱したのが10月10日。
吉村代表が譲れないとしていた「議員定数削減」を自民が応じる方向となり
自民党と日本維新の会が20日にも連立政権の合意書に署名する見通しとのことで
一時は危ぶまれた女性初の総理大臣誕生が急転直下、
現実味を帯びてきました。
(そして維新は大臣を送り込まず閣外協力を検討しているのだとか。賢い)
連立に向けての協議に関連する報道を見ていると
実際に起こっていることはわかりませんが
強い信念をもつ両党の代表が
維新の提起した政策を論じるにあたり
「これからの日本」をよくするために
真摯に向き合っていると私には見えて
今までにない景色をここ数日目の当たりにしていることに
驚いています。
「幸運の女神には前髪しかない」という諺をご存じでしょうか?
由来は古代ギリシャの詩人が時の神カイロスについて
「前髪があるが後ろ髪はない」と表現したことが始まりとされており
「好機は目の前に現れたときに掴むものであり、過ぎ去ってからは決して捕まえられない」
ことを示しています。
今回の高市総裁誕生から公明党連立離脱、その後の維新との連立合意の流れを見ていて
好機やチャンスは
掴める自分でいないと、つまり掴めるスキルがないと掴めないのだということを
まざまざと教えられたように思います。
誰にとっての好機でチャンスだったのか。
高市総裁にとってなのか。
自民党にとってなのか。
維新にとってなのか。
それはいずれ歴史が証明してくれるだろうけど
日本という国にとって大きな好機であったと
なってほしい。
切に願います。
この人生が2度あれば
万博、閉幕しますね。
最後にと先日行って参りました。
何か記念になるものをと思い
チェニジア館では購入した指輪やお皿にアラビア文字で名前を彫ってくれると知って
クスクスも食べたことがないのでこの機会をと思い並びました。
あっという間に下の写真のように
駱駝とヤシの木と私の名前を彫って下さり
「おお!」と感嘆の声をあげていると
わらわらと人が集まってきて
その中のとてもきれいなお嬢さんが
流暢な英語で彫師のダンディなおじさまに話しかけ、
おじさまも微笑みながら答えていて
(手はしっかり仕事をしながら)
何を話しているのかさっぱりわかりませんでしたが
そのいい雰囲気に便乗して
「スマイル、プリーズ!」とおじさまにスマホを向けると
眼鏡をとってとても良い笑顔を向けて下さり、
隣のお嬢さんも「わお!」と素敵な反応をしてくれて
ほっこりした良い時間でした。
どのパビリオンに入っても
ついつい目がいってしまうのが
そこで働くミドルエイジ位の日本人女性スタッフの方。
基本英語が話せて
対応がスマートで教養の深さを感じる素敵な方が多く
そして皆さん活き活きしていらっしゃる。
真っ直ぐな眼で物怖じせず英語で話しかけるお嬢さん。
彼女のこれからの人生はどれほどの可能性があるのかと
活き活きした笑顔のスタッフの方は
どんな人生を生きてきたのかと
ついつい思いを馳せてしまい
羨ましくもあり
それに比べて私はと
卑屈になる自分も居て
情けない。
最近主人公が過去の自分に戻り人生をやり直す「タイムリープ」を扱ったドラマが多く
「ああ、あの時に戻ってやり直すことができたらなあ」
は人類の究極の願望なのかもしれません。
「人が考えることはいつか実現できる」という人もいて
実際に動くIPS心臓やNTTの光ベースの次世代通信技術「IOWN」や
「空飛ぶクルマ」を目の当たりにすると
時間を行き来することもいつかは実現できるのかもしれません。
(未来に進むことはできても過去に戻ることは不可能と聞いたことはありますが)
でも、例え過去に戻れてやり直せても
「ありたい自分」がどんな自分なのか。
世界を飛び回りグローバルに活躍する私なのか。
沢山子供を産んで賑やかな家族の中で笑っている私なのか。
私が幸せを感じるのはどんな時なのか。
ちゃんと自分の中にないと
気づいていないと
違う人生を歩んだとしてもやはり後悔するのだと思います。
バイリンガルで簡単に国の垣根を越えてしまう人達と比べて卑屈になってしまう私は
情けない。
あの人の人生はきっと私の人生より豊かなんだろうなあと考えてしまう私は情けない。
そのことを
しっかり胸に刻んで、私は私のこれからの人生を楽しんでいきたいなあ
とこの世界の片隅でひそかに思う。
そう思わせてくれた万博に感謝です。
貴方より倍以上ご飯を食べてきた
自民党総裁、高市氏に決まりましたね。
このまま総理大臣になれば、
日本初の女性の総理大臣。
問題山積みの中で少数与党としての厳しい船出。
また最後の決戦投票で麻生氏が「党員票の多かった候補」の投票するよう
自らの派閥に呼びかけたことが決定打になったとか。
このことが今後の閣僚人事(内閣総理大臣に指名されるとして)に
今後の政治に
どう影響するのかと思います。
でも1国民の無責任な発言で恐縮ですが、
どれほど多くの女性がこういう時代を夢見ながら
ガラスの天井に阻まれてきたかと思うと感無量です。
先日仕事帰りに交差点で信号待ちしていたら、
20代と思われる若い女性が白いビニール袋を持って
誰かを探しているように周りを見渡していました。
しばらくして、
60代位でしょうか。
少し汚れた印象の身なりの男性のもとに駆け寄り
その白いビニール袋を渡そうとするも、
その男性は受け取るのを拒否して、
大声で怒鳴っていました。
二人のやり取りを見ていると
どうもそのビニール袋の中身はパンのようで
その女性はどこかでそのパンを頂いたようなのですが
これからの予定にそのパンは邪魔で
どうにか処分したいけれども捨てるわけにはいかず、
誰かに「あげる」ことを思いついたようです。
で、「パンをあげたら喜びそうな人」を物色して
身なりのみすぼらしい、
多分「食べるのに困っている」であろうその男性に
声をかけたようでした。
ちょっと話は変わりますが、
ついこのあいだまで9月の決算期で
特に多忙を極めた方も多かったかと思います。
昔SEとして在職していた会社では
この月は
PCやシステムの納品でびっしりスケジューリングされており
何か一つでもトラブルが生じてお客様から検収印がもらえないと
売上高に影響するため必死だったことを覚えています。
そういう時に想定外の自分のミスで想定外の作業が発生したことも
何度か経験してきました。
できればその想定外の作業は
決算月が終わるまで待ってもらいたいものですが、
勿論そんな身勝手なことが許されるはずがなく
自分のミス、すなわち納品業者である会社のミスで
お客様の業務に支障をきたすことはお客様にご迷惑を掛けるのは勿論の事
今まで培ってきた信用を一気に失うことになります。
なんとかやり繰りして、色々なところに頭を下げて
時には現場で徹夜して乗り切ったことを覚えています。
仕事をするということは
そうやって苦いことも、もやもやすることも
自分に対しての情けない思いも
色々なことを飲み込んで頑張らないといけない時があるものだと思います。
それは頑張って仕事をしてきた人なら誰しもが経験されてきているのでは
ないでしょうか。
その男性も色々なことを飲み込んで頑張って仕事をしてきた帰りだったのか
頑張ってきたけれども上手くいかず今は仕事がなく途方に暮れていたのか
わかりませんが
怒鳴っている男性に怯えて足早にその場を去った女性と
後に残った男性の悲しげな表情が今も脳裏に焼きついています。
パンを差し出した女性よりその男性は倍以上は長く生きてきて
おそらく倍以上は自分で稼いだお金で御飯を食べてきたであろう人で
その人に対しどれほど失礼なことをしているのか
不遜なことをしているのか
その女性が気づくのはずっと後なんだろうなあと思います。
あるいは気づかないまま人生を終えるかもしれません。
気づくのが正解なのか、気づかないのが正解なのか。
それはその女性が「どうありたいか」で
違ってくるのでしょうね。
何が豊かな人生なのか
人によって違うように。

