日記
諸刃の剣
ひょんなことからプログラム言語のひとつであるJavaScript(JS)を使用する機会が増えており、
文字通り「60の手習い」に勤しんでおります。
一生懸命コーディングして、いざ実行すると動かない!
あれ?どこがおかしいのか?
なかなか見つけることができず四苦八苦。
どの言語でも陥るプログラマーあるある。
プログラマー時代は納期が迫る中、解決できず時間だけが過ぎていく。
なんて事が日常茶飯事。
ああ、思い出すだけで胸が痛い。
でも今は、コーディング内容と結果の画像をAIに投げるだけで
1秒も立たぬうちに、問題点を指摘してくれるし
なんなら「こういう操作のためのJSを書いて!」
と依頼するや否やすらすらと書いてくれる。
ああ!なんということでしょう!
数十年前の悪戦苦闘していた私に教えてあげたい!
とAIの恩恵を享受していたら
アメリカの新興企業アンソロピックが開発した危険すぎるAI「クロード・ミトス」の記事を見つけ。
なんでもサイバー攻撃で「穴」となるソフトウェアやシステムの弱点を見つける能力を飛躍的に高めたところ、
専門家が長年見つけられなかった弱点を簡単に見破ったとのこと。
これが悪用されると大変なことになると一般公開を取りやめたそうですが、
各国は「今そこにある脅威」として緊張感を高めており、
日本でも特に金融システムへの大きな脅威になり得るとして
政府は金融トップを招き官民連携しての新しい体制づくりを急いでいるとのこと。
いやもう怖い。ほんま怖い。
こうやって記事なるのは氷山の一角だと思います。
今水面下で起こっていることを考えると、ほんま怖い。
少し話は変わりますが、
職場の中にひとり飛び抜けて優秀な同僚Aがいたとしましょう。
優秀な故に勿論上司からの覚えめでたく、
あっという間に昇進するような同僚。
優秀故に、周りの同僚の無能ぶりが許せなく苛々して
つい辛く当たってしまう。
そして辛く当たられた同僚はメンタル不調になり、
休職しとうとう退職してしまうなんてことが
1人や2人ではない。
なんてことがあったとしましょう。
「あったとしましょう」としていますが、
強弱はあるものの、職場ではよく見る光景ではないかと思います。
職場にとってAさんは諸刃の剣。
強い価値をもたらすが、同時にリスクも大きい。
規模は違いますが「まさにAI」です。
相手がAIなら素晴らしい成果を導き出すのも
とんでもない脅威を作り出すのも
使い手次第ですが、
Aさんも勿論周囲で影響を受ける同僚も人間。
あなたがAさんの上長だとしましょう。
単に抑え込もうとするとAさんの強みも消えますし、
なによりAさんの不満がたまりローパフォーマー化する可能性が高く
でも放置すると周囲が疲弊します。
なので、Aさんの強みを生かしつつも制御する方法を見出していく
所謂「Aさんの取扱説明書」を作る必要がある
ということかと思います。
リスクを感じつつも
Aさんが組織にもたらす成果>組織への悪影響
なのだからと
放置してしまうといつか組織が崩壊します。
そういう組織に属していると
いつしか「考えること」をしなくなり、
いつか外からの攻撃で気づいたときには
組織が崩壊している
なんていうことになりかねません。
まずはAさんの強みとリスクを具現化し
どの役割を与え、どのように制御すれば
周囲との摩擦を起こさず、強みを生かせるか
を考える。
あなたが肩書だけの管理職ではなく
肩書通りのマネージメントスキルがあれば
あなたの下で働く部下たちは
自分の能力をいかんなく発揮でき、
働く喜びを享受するに違いない。
AIがどれほど発達しても
結局は使う側次第で
ただの無用の長物にもなるし、脅威にもなるし、凶器にもなる。
どれほど有能な人も
環境次第で
ただの無用の長物にもなるし、脅威にもなるし、凶器にもなる。
「こういう操作のためのJSを書いて!」と依頼しても
「こういう操作」が的を得た説明でなければ
AIは間違った回答を出しますが、
正しい回答をずっと出してきたので、
間違った回答を正しい回答と信じて採用してしまい、
とんでもないシステムの不具合を引き起こします。
だからこそ、私達はずっと賢明でいる必要があります。
さもないと、です。
鬼が来る
若い頃筒井康隆の小説が好きでよく読んでいましたが
折に触れ、時々思い出します。
今「死にかた」という小説を思い出しています。
ある日突然とあるオフィスに金棒をもった鬼が
次々と人を殺していくという話で
何が怖いかというと、鬼に感情がないのです。
ターゲットになった人達は様々な反応をします。
冗談だと思って無視する人
鬼を非難して正義を語る人
茶化してごまかそうとする人
逃げようとする人
色仕掛けで命乞いする人
面白がって見ている人
鬼に殺されるくらいならと自殺する人
自分を後回しにしてくれと頼む人
ですが、 鬼は
怒っていない
憎んでもいない
理由を言わない
誰を選ぶわけでもない
ただ 順番に殺していくだけです。
そこに存在するのは
人間の感情から切り離された暴力です。
今私が思い出したのは
中東等で起こっている戦争では
個人的な憎しみとは関係なく
命令によって
人が死んでいく
その「人間の感情から切り離された感じ」が、この鬼と重なるからだと思います。
そしてこの小説の舞台は特別な場所ではなく
普通のオフィスであることがとても怖い。
普通の日常
普通の仕事
普通の人たち
の中に、突然「鬼=死」が入ってきます。
日常が突然壊されるわけです。
悲しいことに世界は理由なく人を殺すことがあります。
鬼が淡々としているからこそ、私達は考えないといけない。
もし自分がその部屋にいたら
どう生きようとするのか。
この鬼には
-
交渉も通じない
-
理屈も通じない
-
お金も通じない
つまり 人間の社会のルールが一切効きません。
ですが、戦争は天災ではなく人災。
この鬼のように
「人間がどう頑張っても止められないもの」
ではないはず。
どうか世界の指導者達が
鬼ではなく人でありますように。
そう祈るしかないのかも知れません。
パワーバランス
衆議院総選挙、自民党圧勝でしたね。
実は私、レアアースの南鳥島における発掘事業の推進は
高市内閣が推し進めている積極財政ありきだと思っているし
今の国際情勢で日本が戦争に巻き込まれないためにも
高市内閣が掲げる国家安全保障対策は是非推し進めてほしいと思っています。
(あくまでも今の私の価値観に基づく私の私見であいすみません)
でも、テレビでコメンテーター達も同じようなことを言っていましたが
色々な角度から政策のメリットデメリットを真摯に議論し
これからの日本にとって最良の策を講じるのが国会議員の役目であり、
野党だからこその各々の信念で政策を吟味し与党と論戦を重ねることが
今の日本にとってとても大切なことだと思うのに
重要な法案が数の論理で充分に審議されないまま通ってしまうのでは
という懸念が頭を擡げてもいませんか?
補正予算委員会での答弁を見ている限りこれからの高市内閣は
消費税減税にあたり国民会議で議論を加速する方針ということを見ても
そういう懸念も払拭してくれそうですが
どうかこれからの日本が強く揺るぎない国でありますように。
最近見た韓国のドラマで、1987年の世相をよく表しているなあと思ったのが
当時の半導体事業をめぐって
財閥の会長がアメリカと日本をクジラに例え
「クジラの争いでとばっちりを受けた海老はクジラに勝てる方法はあるのか?」と主人公である孫に問いかける場面です。
星条旗と日の丸の間に挟まれた小さな太極旗が描かれた雑誌の表紙も印象的でした。
主人公が出した答えは「海老が大きくなればいい」でしたが、
この年アメリカは100%の報復関税を発動し
日本の圧倒的なシェア拡大に危機感を抱いたアメリカが徹底的に日本を叩き、
この時の摩擦とバブルの崩壊などによりリストラが始まった半導体の技術者が
サムスンなどの韓国の半導体メーカーにヘッドハンティングされ
特に日本からサムスンへの技術の移転が急速に進み、
1992年にはサムスン電子がDRAM市場でシェアNo1になっています。
今振り返るとこの日米半導体摩擦に対する圧力に防戦一方で有効な手を打てなかった日本の対応が
半導体技術の頂点にいた日本から韓国や台湾へと世代交代に進んだ大きなターニングポイントであり、
「失われた30年」の原因の一つであったことは否めないと思います。
時代は変わり
今私が思い浮かべるのは星条旗と五星紅旗に挟まれないように踏ん張っている日の丸。
まわりを見渡すと、日の丸以外にも踏ん張っていたり挟まっている色々な旗が見えます。
日本は今海老でしょうか。
クジラでしょうか。
少なくともある局面においては
今の世界のパワーバランスの中では海老に見えるかもしれません。
海老であるなら
飲み込まれないためには大きくなるしかないのだとしたら
今の政権下でしかできないのかもしれないとも思います。
ただ、大きくなることが今の日本にとって最良の方法なのか
後戻り出来るうちに色々な角度から検討し熟慮する事も必要なんですよね。
もしあなたが組織に属しているなら
日本をあなたの組織と置き換えてみると
見え方が違ってくるかもしれませんし
行動も変わってくるかもしれません。
私たちの生活や命が理不尽に奪われないために。
GIAPPONE
選挙ですね。
先程投票から戻り一息ついております。
会場には7時過ぎに到着し早朝でしたが
結構混んでいて、
なんだかいい街に住んでいるなあと嬉しくなりました。
ミラノ・コルティナオリンピック、
日本はイタリア語では「GIAPPONE」で
発音は「ジャッポーネ」だそうで、
入場の際、日本チームでは開催国に敬意を表し
日の丸と一緒にイタリアの国旗も掲げていて
「これがジャッポーネだ!」と現地のメディアで称賛されたとか。
ビッグエア木村葵来選手の金メダルをはじめ既にに3個のメダル獲得と何とも頼もしい!
今とても危惧されているレアアース、南鳥島EEZ(排他的経済水域)で試堀に成功したとか!
頼もしいぜ、日本!
YouTubeなどで
今回の選挙戦での各党首の演説を視聴していると
演説がすすむにつれ
同じ壇上にいる関係者が思わず涙ぐんだり
どんどん真摯な顔つきになったりと
心が震えるような感動的な演説を見ることができたり
他党を声高に批判するものの政策に説得力のない党首が浮き彫りがなったりと
百聞は一見にしかず。
選挙結果はまだわかりませんが
SNSなどで真剣に政治について語り合う若者たちの投稿を見て思います。
日本の今は厳しいけれど日本の未来は明るい!
正解はなくて、勿論誰も教えてくれない。
でも今の日本の状況を見ているとその先を信じたくなります。
と平井堅の「Life is..」のようなことを思う私。
平井堅さん、どうしてはるんやろか。
こうでなくっちゃ!
仕事や家事が一段落して、ついつい見てしまうYouTube。
癒されたりほっこりする動画を見てささくれ立った心を穏やかにしてから
眠りにつくようにしています。
なるべくストレスを溜め込まないようにするための
いわゆるストレスコーピング
(感じているストレスを軽減したり上手に対処したりするための行動や考え方の工夫)
として利用しています。
ストレスは避けられないものなので、自分なりの対象方法を工夫して
ストレスを「上手に扱う」ことが
自分の心の健康、メンタルヘルスにとってとても大切なこと!
ということで、私は毎夜毎夜YouTubeを見ているわけですが
最近よく観るのが国会中継の動画です。
こんなに政治を身近に感じる日がくるなんて、
つい数か月前までは思いも寄りませんでした。
だって私達の生活をなんとかよくしようと
与党が国を守ろうと練りに練った政策に対し
野党がしっかりと異論を唱え、
その異論に真摯に答え
修正すべきあるいは足らない部分を論議し
政策をより良いものにしようとする意欲を
私は感じますもの。
勿論、質問の立つ各党各議員は様々で
旧態然と政策に関係ないこと等や
筋違いの論点で貴重な時間を無駄にしているなあ
と思われる方もいらっしゃいますが(失礼)
こんなにも優秀な方だったのかと見方が変わった議員の多いこと!
そして皆様活き活きされていらっしゃる。
総理大臣(リーダー)が変わるとこんなにも変わるものなんですね。
こうでなくっちゃ!
何故国会中継が私のストレスコーピングになっているのか?
日頃の社会生活の中で抱えている言葉に明確にはできないけれど
色々な人に感じる「もやもや」する出来事に対して
「そうやないやろ!!」と理路整然と論破したいのにそれができない
もどかしさを払拭してくれているからのように思います。
私が思っている政治家の「あるべき姿」がそこにはあって、
職場や家庭や学校や地域社会や各々の環境での役割を
「上司はこうでなくっちゃ!」
「社長はこうでなくっちゃ!」
と思わせる位に担うことは本当はすごく難しいけれども
それを平然とやってのける人に対し
どう思いどう行動し
さらには未来の自分にどう活かしていくか。
「あの人についていけば大丈夫」と
過度の期待をし頼る前に、
「あの人のようになるにはどうすればよいのか」
とロールモデルにして
「私はこうでなくっちゃ!」と
自分が思うあるべき姿になるために何を今するのかを考えることが
未来の自分のために必要なことだと思います。
ここまで書いて思い浮かんだ言葉が
昔感銘を受けたアメリカのケネディ大統領就任演説の一文です。
Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.
この countryをcompany(会社だけはなく、仲間や組織、団体等の集まり)に
置き換えてみるとより身近な言葉として響くかと思います。
今の時代敬遠されるかもしれませんね。
勿論companyのために過労になるほど、あるいは死に至るほど
自分を犠牲にするなんて本末転倒ですが、
companyのために自分が何ができるのか問い行動を起こすことは
companyの成長に通じ結果的には自分が潤うことになり
ちゃんと自分に返ってくるはずです。
ただ、自分がいくら頑張っても響かないcompanyも
頑張る価値のないcompanyも
間違いなくあることも事実で
いずれそういうcompanyは衰退していきます。
それを見極めることも大切です。
お互いしっかり目を見開いて見極めていきましょう。
