日記
GRITが強いか弱いか
なんともう2月。
2月の和風月名は如月(きさらぎ)。
実際には旧暦の2月、今の2月下旬~4月上旬頃が如月だとか。
防寒のために衣服を重ね着する「衣更着」が語源とされている説が有力らしく
中国の「如月(にょげつ)」という2月の異称に日本独自の読み方をあてたとも
言われているようです。
音も字面も美しい言葉ですね。
こうやって
異国の文化を柔軟に取り入れつつ発展してきた日本独自の文化に触れる度
日本に生まれ育ったことの幸運を思います。
来週は衆議院総選挙投票日。
生まれ育った、
そしてこれからも生きていく日本の中の一人として
というより我が身の自衛のために
しっかりと目を見開いて投票しなければっ!
と思います。
前回GRITとキャリアについてお話しましたが、
あなたはGRIT
-
Guts(度胸):困難なことに立ち向かう勇気
-
Resilience(回復力):失敗から立ち直る力
-
Initiative(自発性):自ら行動を起こす主体性
-
Tenacity(執念):最後までやり遂げる粘り強さ
が強いのでしょうか?
弱いのでしょうか?
私はと考えると
「時と場合による」なあと思います。
興味のないことや環境によっては弱くなり
興味があることや評価されたいときには強くなる。
前回話したことに派生しますが
とりかかっていることに
どうしても情熱をもてないのだとしたら
自分に「合っていない」場所にいて
「合わない」ことを無理をして頑張っているのかもしれません。
成果を出しても「報われない」場所にいることを感じているのかもしれません。
そのために自分が擦り減る前に「手放す」力も必要ですが、
そうではなく
自分が好きなことに携わっていて
成果を正しく評価してくれる場所にいるにもかかわらず
成果が思うように出ない場合
迷いも出るし
情熱も続かないし
「手放す」というよりは逃げてしまうかもしれません。
振り返ると私は沢山逃げてきて
そんな自分が嫌でだからこそ「逃げる」こは絶対にしない。
と決めていた時期が長く続き
そのために「擦り減っている自分に気づくことがとても難しかった」
ために「手放す」ことがなかなかできなかったなあと思います。
もしあなたが何かから「逃げて」しまい
「やり抜く」ことができなかったのだとしたら
「私は何を守るために逃げたのだろう」
と自分に問いかけることが大切なのだと思います。
それが健康であり、家族であり、大切な人であり、
自分が大切にしてきた価値観や尊厳であったのだとしたら
あなたを脅かすリスクを察知して「離れた」わけで
それはあなたにとって必然だったと言えます。
right person, wrong place.
right place, wrong person.
自分をすり減らすことも何かを成し遂げるためには必要
何より何かを成し遂げた後に見える景色をみたい。
と考えるか
擦り減っていく自分にブレーキをかけることが生きていくためには重要
と考えるか
GRITが強いか弱いかは
良い悪いではなく
どちらが自分の生き方にあっているかの選択であるのだと
私は思います。
あなたはどう思いますか?
GRITとキャリア
GRITはキャリアにとって有益なのか。
を最近よく考えます。
いや、有益なのは間違いないのですが、
私自身のキャリアにとってはどうだったのか。
あるいはどうなのか、です。
そもそもGRIT(グリット)とは
心理学者のアンジェラ・リー・ダックワースペンシルベニア大学教授が提唱した概念で、
-
Guts(度胸):困難なことに立ち向かう勇気
-
Resilience(回復力):失敗から立ち直る力
-
Initiative(自発性):自ら行動を起こす主体性
-
Tenacity(執念):最後までやり遂げる粘り強さ
の頭文字をとってGRITです。
よく「やり抜く力」や「粘り強さ」
「目標に向かって努力を継続できる力」と定義されています。
特筆すべきはアンジェラ・リー・ダックワース教授は
GRITは「才能や知性」とは全く関係が無く
生まれ持った才能が重要ではなく才能を生かせるかどうかは別の問題であるとしていて、
成功に才能や知性が関係していないというこの理論は、
多くの人種や学歴の人が在住するアメリカで広く受け入れられるようになったことです。
キャリア形成において
GRITの強い人は
地味な下積み時代や
成果や先が見えない時期
失敗の連続等々。
所謂逆境を乗り越えやすく専門性が深まるので
長いキャリア形成の中ではとてもプラスになることがわかります。
そして多くの組織では
継続して成果を出す。
粘り強く投げ出さない。
そういった人は信頼されます。
そうした組織に属している人なら
昇進して重要なポストに就くことにつながるでしょうし
今のVUCAと呼ばれる不確実な時代
Resilience(回復力)がある人は強い。
でももしかすると
「 間違った場所で頑張り続けてしまう」
かも知れません。
GRITが強い人はそのやり抜く力や粘り強さ故に
合わない仕事
報われない環境
から抜け出すことができず
「やり抜く=我慢する」
と思い込み
心身をすり減らす日々を送っている人はいるのではないかと思います。
ですが視点を変えてみると
「転職」や「副業」
「学び直し」
というような
様々な方法で経験を積み
自分に合った最適なキャリア形成を構築している人も少なからずいて
そういう人たちはGRITに加え
柔軟に方向転換できる力、「手放す力」を持っています。
今の日本では
「やり抜く力」と「手放す力」
どちらも必要で
特に今の時代のキャリア形成において
GRITは有益だけど万能ではない。
GRITの強い人にとって
「手放す」ことは「負ける」ことになり
「罪悪」とすら考えるのかもしれません。
でも「今いる場所は努力する価値のある場所か?」
と自問自答して
その場に留まることで自分が擦り減るなら
自分のGRITを信じて方向転換するという
「手放す勇気」を持つことができたら
「やり抜く力」と「手放す力」をもつあなたは
「最強」であり、
あなたが望む理想のキャリア形成において
非常に有益ではないかと思います。
世界を美しくするもの
ここ数日暖かい日が続いていますね。
もうすぐ大寒で大阪では火曜日位からぐっと気温が下がるようですので
油断できませんが、
冬来たりなば春遠からじ。
そう思うと冬の凛とした空気を今のうちに存分に味わっていたいとも思います。
枕草子の有名な一節。
「冬はつとめて」(冬は早朝がよい)
雪の降りたるはいうべきにもあらず。
霜のいと白きも、また、さらでもいと寒きに、
火など急ぎ起こして、炭もてわたるも、いとつきづきし。
寒い朝、凛とはりつめた空気の中で
息を白くしながら急いで火をおこし炭を運ぶ。
雪が降っていたり霜が降りているその世界は
きっと美しい白い世界。
その白い世界の中での美しい人々の営みが
鮮やかに目に浮かびます。
千年の時を経ても色褪せない「枕草子」
今更ながら
清少納言の感性に恐れ入っております。
特に「冬はつとめて」は
痺れる!
日本の四季の中で
空気が澄んで景色がきれいに見えるこの季節が
私一番好きなのですが
あなたはいかがでしょう?
先日天王寺でランチに無性に新鮮な魚の定食が食べたくなり
そのような飲食店が集まるところに行ってきたのですが
14時頃になってしまったので
お昼の定食が終わっているところが多く
ようやく見つけたお店の中に入ると
なんと昼飲みの方々でほぼ満員!
皆様機嫌よう酔うてはります。
そしてあちこちで繰り広げられている政治談義!
例外なく声大きいので、話の内容丸わかりです。
「なんや、ここだけ昭和や!」
と思わず私心の中で叫んでしまいました。
おっちゃんおばちゃん達が好き勝手に話しながら
元気に笑う姿を見ていると
ひととき子供の頃に戻ったようでした。
「こんなおっちゃん、近所にいっぱいおったなあ」と。
何とも懐かしい。
時代が変わっても変わらないものがあり、
いつのまにか目にしなくなっただけで
もしかすると自分から離れてしまっただけで
忘れてしまっただけで
ふとした時に思い出す原風景は
いつも自分の中にある。
それを取り出すも埋もれたままにするのも
その時の自分次第で
今の私だから懐かしく思えた定食屋の風景が
数年前の仕事に忙殺されていた私なら
昼間からお酒を飲む人達にただただ嫌悪感しか持たなかっただろうなあと思います。
世界を美しくするのもつらい耐えられないものにするのも
自分次第ですなあ。
自覚なし
社会復帰週間、如何お過ごしでしたか?
私はこの1週間「はあはあ」言うてました。
今週は3か月に1回の定期健診とメンテナンスのため歯科医院に行きました。
毎日の歯磨きとフロス。
この日のために頑張っているといっても過言ではない。
なのに。。
「今回は汚れがひどくきちんと磨けていないために歯茎の状態も良くないので、
1か月後歯の状態を確認しますのでいらしてください!
それで状態がよくなっていなければ、歯を染めての歯ブラシ指導からやり直します!」
とのこと。
...。
なんということでしょう...。
鏡で見る限り光り輝く綺麗な歯!歯間も特に歯垢が溜まっているようには見えないのにっ!
でもよくよくわが身を振り返ってみると
そういえば特に年末、ご飯食べた後何度か寝落ちしたっけ。。
気づけば朝で、急いで歯磨きして1日過ごしたことが少なからずあったような。。
..。
なるほどですね
そして別の日。
1年に1回経過観察中の持病(命に関わるようなものではありません)の定期健診へ。
「うーん。状態良くないですね。念のためMRI撮りましょう。血液検査もします」
とのこと。
なっなんですと!
本人至って元気でまったく自覚ないのですが!
でも検診を受けず自分の不調の自覚ないまま過ごしていたら
取り返しのつかないことになっていた可能性があり。
予防医学が発達して、身体に異変があった場合早期発見できる術はあるけれども
心に異変があった場合の早期発見は?
そして治療はどうすれば...。
なにか「もやもや」する出来事があった場合どうされますか?
話を聞いてくれる「誰か」がいるのだとしたら、
かなり心が軽くなるのではと思います。
あるいは相手が言ってくれたことから
見えなかったことが見えて
ネガティブに受け止めていたことが
ポジティブに受け止められるようになるかも知れません。
「でも話しても解決しないし余計もやもやする」
のだとしたら話した相手が共感してくれなかったから。
あるいはちゃんと受け止めてくれなかったから。
で、「どうせ話しても無駄」と話すことをやめて
心を閉ざしてしまう。
のかもしれません。
「こんなこと言って、内心馬鹿にされるんじゃないだろうか。」
とか。
「嫌われるんじゃないか」とか。
そう思って本当に相談したい核心部分については
相談できないかもしれませんね。
「誰かに話すんじゃないか」とか猜疑心もあるかもしれません。
悩みをAIに相談する人が増えているのだとか。
私も試しにchatGPTに相談してみたら
「私の事わかってるぅ!」という回答が返ってきて
なるほど!と思いました。
何度か試しているうちに
私の問いかけからアルゴリズムを導き出し
そこから問題(悩み)を解決するのに
最適な回答をビッグデータから導き出しているに過ぎない
ことが見えてくるのですが
心の平和を保つためには良い手段なのではないかと思います。
でもね。
AIは自分が大変な時に、心細いときに
側で寄り添っていてくれることはない。
手を握ってくれることはない。
抱きしめてくれることはない。
体温のぬくもりを感じることはない。
本気で怒ってくれることはない。
(いずれそういうロボットが出回る気がしますが今のところ)
世の中にはたくさんの人がいるのに
この世の中で私は独りぼっちだと思うし
誰といても孤独を感じるけれども
「私は強いから大丈夫」と思っているのだとしたら
あるいは「こんなもんでしょう」と諦めているのだとしたら
自覚がないまま
心が悲鳴をあげているかもしれません。
助けを求めているかもしれません。
眠れない日々を過ごす前に
「大したことはないけれどなんだかもやもやする」ことがあるのなら
私にご一報ください。
一緒に考えましょう。
感情は時として厄介だけれど、
厄介なことの方が多いかもしれないけれど、
心が揺すぶられる程の感動を得られるのは感情があるからこそ。
だから恐れず、
正直な貴方の気持ちを話す勇気を出してください。
大人が泣いたっていいじゃん!
予定調和
明けましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願いいたします。
お正月、如何お過ごしでしたか?
私は年末の怒涛のような正月準備(主に掃除)
年が明けてからはほぼ家でゴロゴロしておりました!
予定を決めずにゴロゴロ過ごすのは実は心身に良いらしく
統計的に証明されているという記事をちらっと見たので
心置きなくゴロゴロしております。
明日から社会復帰できるのかいささか不安です。
「予定調和」という言葉をご存じでしょうか?
恥ずかしながら私、今年読み始めた本で初めて知りました。
早速調べてみると、
語源は17世紀ドイツの哲学者ゴットフリート・ライプニッツの「単子論(モナドロジー)」で、
「宇宙を構成する無数の単子(モナド)が互いに影響し合うことなく神によってあらかじめ設定された調和の中で存在している」
と考え、これを「予定調和」と名付けたそうです。
それが次第に「事前に決められた通りに物事が進む」という意味で使われるようになったとか。
「事前に決められた通りに物事が進む」ことは
安定した流れを要求される仕事に従事している人にとっては
プロジェクトが計画通り進まないと
えらいこっちゃなので
「予定調和」はとてもとても大切な要素。
反面
「対立や緊張が起こりそうな場面にもかかわらず最初から結論が決まっていて、波風が立たないように進むこと」
という解釈で批判的に、あるいは皮肉として使われることもあり。
特に最近は肯定的ではなく、ネガティブに捉えられやすい言葉なのだとか。
「この会議、結論は最初から決まってたよね。予定調和のうちに終わったね」
「あのドラマ、どうせ最後は仲直りすると思っていた。予定調和で面白くなかった」
ネットで調べるとこのふたつ例えがよくでてきます。
そうなんですよね。「予定調和」は安心できて平和なんですが
面白くないんですよね。
特に会議では多様な価値観からでる様々な意見を議論してこそ
組織の成長や変革が期待できるのに、
「予定調和」的な意思決定が続くと
「結局上司の意向通りになるのならどうせ発言しても無駄」という諦めを生み
いつのまにか各メンバーの思考が停滞し
折角の人材が大変勿体ないことになる。
あるいは離職にも繋がります。
時を経て一つの言葉の解釈が時代とともに変容していき
そしてそれは社会全体が成熟に向かって成長し続ける証なんだなあ
と思います。
すごいなあ。
面白いなあ。
人って素晴らしいなあ。
となんだか言葉一つでとても嬉しくなった私です。
さあて、明日からまた頑張りましょうぜっ!
