日記

2026-01-18 00:00:00

世界を美しくするもの

ここ数日暖かい日が続いていますね。

もうすぐ大寒で大阪では火曜日位からぐっと気温が下がるようですので

油断できませんが、

冬来たりなば春遠からじ。

そう思うと冬の凛とした空気を今のうちに存分に味わっていたいとも思います。

 

枕草子の有名な一節。

「冬はつとめて」(冬は早朝がよい)

雪の降りたるはいうべきにもあらず。

霜のいと白きも、また、さらでもいと寒きに、

火など急ぎ起こして、炭もてわたるも、いとつきづきし。

 

寒い朝、凛とはりつめた空気の中で

息を白くしながら急いで火をおこし炭を運ぶ。

雪が降っていたり霜が降りているその世界は

きっと美しい白い世界。

その白い世界の中での美しい人々の営みが

鮮やかに目に浮かびます。

 

 千年の時を経ても色褪せない「枕草子」

今更ながら

清少納言の感性に恐れ入っております。

 

特に「冬はつとめて」は

痺れる!

 

日本の四季の中で

空気が澄んで景色がきれいに見えるこの季節が

私一番好きなのですが

あなたはいかがでしょう?

 

先日天王寺でランチに無性に新鮮な魚の定食が食べたくなり

そのような飲食店が集まるところに行ってきたのですが

14時頃になってしまったので

お昼の定食が終わっているところが多く

ようやく見つけたお店の中に入ると

なんと昼飲みの方々でほぼ満員!

 

皆様機嫌よう酔うてはります。

そしてあちこちで繰り広げられている政治談義!

例外なく声大きいので、話の内容丸わかりです。

「なんや、ここだけ昭和や!」

と思わず私心の中で叫んでしまいました。

 

おっちゃんおばちゃん達が好き勝手に話しながら

元気に笑う姿を見ていると

ひととき子供の頃に戻ったようでした。

 「こんなおっちゃん、近所にいっぱいおったなあ」と。

何とも懐かしい。

 

時代が変わっても変わらないものがあり、

いつのまにか目にしなくなっただけで

もしかすると自分から離れてしまっただけで

忘れてしまっただけで

ふとした時に思い出す原風景は

いつも自分の中にある。

 

それを取り出すも埋もれたままにするのも

その時の自分次第で

今の私だから懐かしく思えた定食屋の風景が

数年前の仕事に忙殺されていた私なら

昼間からお酒を飲む人達にただただ嫌悪感しか持たなかっただろうなあと思います。

 

世界を美しくするのもつらい耐えられないものにするのも

自分次第ですなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026-01-04 21:00:00

予定調和

明けましておめでとうございます。

今年も何卒よろしくお願いいたします。

 

お正月、如何お過ごしでしたか?

私は年末の怒涛のような正月準備(主に掃除)

年が明けてからはほぼ家でゴロゴロしておりました!

予定を決めずにゴロゴロ過ごすのは実は心身に良いらしく

統計的に証明されているという記事をちらっと見たので

心置きなくゴロゴロしております。

明日から社会復帰できるのかいささか不安です。

 

「予定調和」という言葉をご存じでしょうか?

恥ずかしながら私、今年読み始めた本で初めて知りました。

 

早速調べてみると、

語源は17世紀ドイツの哲学者ゴットフリート・ライプニッツの「単子論(モナドロジー)」で、

「宇宙を構成する無数の単子(モナド)が互いに影響し合うことなく神によってあらかじめ設定された調和の中で存在している」

と考え、これを「予定調和」と名付けたそうです。

それが次第に「事前に決められた通りに物事が進む」という意味で使われるようになったとか。

 

「事前に決められた通りに物事が進む」ことは

安定した流れを要求される仕事に従事している人にとっては

プロジェクトが計画通り進まないと

えらいこっちゃなので

「予定調和」はとてもとても大切な要素。

 

反面

「対立や緊張が起こりそうな場面にもかかわらず最初から結論が決まっていて、波風が立たないように進むこと」

という解釈で批判的に、あるいは皮肉として使われることもあり。

特に最近は肯定的ではなく、ネガティブに捉えられやすい言葉なのだとか。

 

 「この会議、結論は最初から決まってたよね。予定調和のうちに終わったね」

「あのドラマ、どうせ最後は仲直りすると思っていた。予定調和で面白くなかった」

ネットで調べるとこのふたつ例えがよくでてきます。

 

そうなんですよね。「予定調和」は安心できて平和なんですが

面白くないんですよね。

特に会議では多様な価値観からでる様々な意見を議論してこそ

組織の成長や変革が期待できるのに、

「予定調和」的な意思決定が続くと

「結局上司の意向通りになるのならどうせ発言しても無駄」という諦めを生み

いつのまにか各メンバーの思考が停滞し

折角の人材が大変勿体ないことになる。

あるいは離職にも繋がります。

 

時を経て一つの言葉の解釈が時代とともに変容していき

そしてそれは社会全体が成熟に向かって成長し続ける証なんだなあ

と思います。

 

すごいなあ。

面白いなあ。

人って素晴らしいなあ。

となんだか言葉一つでとても嬉しくなった私です。

 

さあて、明日からまた頑張りましょうぜっ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025-12-28 21:00:00

次はきっと大丈夫

如何お過ごしですか?

私は掃除に明け暮れております。

「道楽者の一時掃除」と毎年母に言われていた私。

...。

ほんとに。

 

 

日々是好日。

 

以前も書きましたが、

この一年、よく思った言葉です。

 

良いことも悪いことも

成功しても失敗しても

何も進まなくても

今日何が起きても

全てひっくるめて引き受けて生きた

今日という日は好日。

 

失敗したのだとしたら

多くを学んだのだから

きっと次は大丈夫。

 

   

今年もありがとうございました。

 

拙い言葉にお付き合いくださり

とてもとてもとても感謝しております。

 

良いお年をお迎えください。

 

 

 

 

 

2025-11-23 21:50:00

Have a nice trip!

先日年に一度の恒例行事、高野山に参拝いたしました。

紅葉まだまだ綺麗に色づいていましたが

 昨年と今年の蛇腹路の様子(通行されている方々をAI処理しています)

高野山3.jpg蛇腹路2.jpg

 

同じスマホ、同じ11月17日に撮っているのですが

こんなにも違っていたとはとあらためて比較して驚いています。

(トップページの写真は昨年のものにしました)

 

蛇腹路は金剛峯寺と壇上伽藍の間の小道ですが、

趣があるので高野山に行かれるときには是非いらしてください。

おすすめです。

 

高野山もインバウンドの方が多く、

蛇腹路を歩いていると、

ある紅葉の木を一生懸命撮っていらっしゃる方

(白人の女性)が居て

何を一生懸命撮っているのかとその木を見上げると

黄色い葉と赤い葉の調和が面白く

「ああ、なるほど!」

と思わず声をだしてしまいました。

蛇腹路1.jpg

こんな感じです。

 

すると写真を撮っていた方がずっと写真を撮らず待っていたので

邪魔していると思い

「Sorry!」と木から離れると、

にっこり笑っていえいえ、大丈夫!というように首を横にふって

私の横に立ち、しばらく二人で木を見上げていました。

 

なんともいい時間。

 

ひとしきり見上げて

「Have a nice trip!」と私が言うと「You too!」と彼女。

にっこり笑ってその木をあとにしました。

 

帰路高野山から極楽橋までのロープウェイから降りるときの

順番を譲ってくださるアジア系の人もいて、

高野山という真言密教の聖地を訪れるような方々だからなのかもですが、

大阪市内でも図らずとも私の前を横断してしまったときには

「ごめんなさい!」とちゃんと謝ってくれたりと

(下手すると日本人より)礼儀正しい方が多いような気がするなあ

 

オーバーツーリズムで色々問題になっていますが、

ちゃんと礼を尽くしてくれる方々、

折角日本にきてくれたのだから

良い思い出をたくさん作ってほしいものです。

 

あ、そうそう。

インバウンドの方に道を聞かれたりで

話をする機会があった時は

別れ際「Have a nice trip!」を必ず言うようにしているのですが、

初めてアメリカを旅行したときに

アジア人に対しての差別を感じることがあり、

あまり楽しい旅行ではなかったのですが、

ドラッグストアのような店で買い物をしたときに

店員さんから「Have a nice trip!」とにっこり笑顔で言われ

なんだか受け入れてくれたようで

とてもとても嬉しかったんですよね。

 

未だに忘れらない良い思い出です。

 

3連休だから旅行されている方もいらっしゃるかな?

 

Have a nice trip!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025-11-09 00:00:00

万博は脈々と続いている。

先日東梅田近くでの仕事の合間にお昼ご飯を食べようと、

大阪富国生命ビル近くのエスカレータから地上に出ると、何やら行列が。

行列を眺めがら私は近くのくら寿司へ。

 注文の品がくる合間に調べてみると

どうやら大阪富国生命ビル1階にあるベルギーレストランに並ばれていたようです。

 

そのレストラン(というかパブ?)は

関西万博ベルギー館のレストランを運営されていたそうで、

美味しいと評判だったフリッツといわれるフライドポテトが

万博と同じLutosa紙で提供されていたりで

アフター万博巡りをされている方々にとっては

行かずにはいられない場所のひとつなんだろうなあ

ときつねうどん(なぜか無性に食べたくなったのです。美味しいんだ、これが!)

を啜りながら心の中で呟いておりました。

そういえば、あべのハルカスの万博オフィシャルストアの前を通ったら

えらい行列でしたが、

聞けばどのオフィシャルストアも未だ大盛況だそうですね。

イタリア館で展示されていたファルネーゼのアトラスなどが展示されている大阪市立美術館の特別展も

1月12日の最終日まであっという間に予約完売したそうで

今は並んでも入れないのだとか。

(行きたかったのですがとても残念!)

 

いやもう、これはいわゆる

「ポストイベントロス」

(大規模なイベントや楽しみな出来事が終了した後に経験する喪失感や虚脱感)

を感じている人の典型的な行動パターンですやん!

 

思えば準備段階での万博開催是非をめぐる議論から始まり

長期間報道や議論が続いた今回の万博。

特に何度も足を運んだ人は「万博が日常」となっていたといっても過言ではなく

体験した高揚感も相まって

閉幕したからと言ってすぐには平常状態に戻れるわけがない!


あの日常が終わってしまったためにできてしまった

空白を埋めたくて関連グッズや話題に

ついついしがみついてしまう。

 イベントの名残を持ち続けることで

その時の体験を延命しようとしている一方、

「やり残したこと」 がまだまだあり、

その「やり残したこと」をやり遂げる可能性があるのなら

やり遂げたいという心理が働いているように思います。

  

参加する前のワクワク感や

実際に参加して未来の可能性を体感した時の高揚感は

 万博という歴史に残る大規模な国家的イベントに

参加できたことでしか得られないものなので

余計に喪失感が大きいのかもしれませんね。

  

と偉そうに能書き垂れている私。

何故くら寿司に行ったかというと

なんといつも予約がいっぱいで入れなかったくら寿司関西万博店のメニュー

スペインのハモンセラーノ(生ハム)と

トルコのケバブが味わえることを知ったからで

いやいや、ベルギーレストランに並んでいる人を笑えませんがな(笑ってませんけど) 

 

しっかり万博で踊っております。

 

人間はなんと愚かで愛おしいんでしょう。

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