日記

2025-10-12 00:00:00

この人生が2度あれば

万博、閉幕しますね。

最後にと先日行って参りました。

 

何か記念になるものをと思い

チェニジア館では購入した指輪やお皿にアラビア文字で名前を彫ってくれると知って

クスクスも食べたことがないのでこの機会をと思い並びました。

あっという間に下の写真のように

駱駝とヤシの木と私の名前を彫って下さり

チェニジア館2.jpg

 

「おお!」と感嘆の声をあげていると

わらわらと人が集まってきて

その中のとてもきれいなお嬢さんが

流暢な英語で彫師のダンディなおじさまに話しかけ、

おじさまも微笑みながら答えていて

(手はしっかり仕事をしながら)

何を話しているのかさっぱりわかりませんでしたが

そのいい雰囲気に便乗して

「スマイル、プリーズ!」とおじさまにスマホを向けると

眼鏡をとってとても良い笑顔を向けて下さり、

隣のお嬢さんも「わお!」と素敵な反応をしてくれて

ほっこりした良い時間でした。

 

どのパビリオンに入っても

ついつい目がいってしまうのが

そこで働くミドルエイジ位の日本人女性スタッフの方。

基本英語が話せて

対応がスマートで教養の深さを感じる素敵な方が多く

そして皆さん活き活きしていらっしゃる。

 

真っ直ぐな眼で物怖じせず英語で話しかけるお嬢さん。

彼女のこれからの人生はどれほどの可能性があるのかと

活き活きした笑顔のスタッフの方は

どんな人生を生きてきたのかと

ついつい思いを馳せてしまい

羨ましくもあり

それに比べて私はと

卑屈になる自分も居て

情けない。

 

 

最近主人公が過去の自分に戻り人生をやり直す「タイムリープ」を扱ったドラマが多く

 「ああ、あの時に戻ってやり直すことができたらなあ」

は人類の究極の願望なのかもしれません。

 

「人が考えることはいつか実現できる」という人もいて

実際に動くIPS心臓やNTTの光ベースの次世代通信技術「IOWN」や

「空飛ぶクルマ」を目の当たりにすると

時間を行き来することもいつかは実現できるのかもしれません。

(未来に進むことはできても過去に戻ることは不可能と聞いたことはありますが)

 

 

でも、例え過去に戻れてやり直せても

「ありたい自分」がどんな自分なのか。

世界を飛び回りグローバルに活躍する私なのか。

沢山子供を産んで賑やかな家族の中で笑っている私なのか。

私が幸せを感じるのはどんな時なのか。

 

ちゃんと自分の中にないと

気づいていないと

違う人生を歩んだとしてもやはり後悔するのだと思います。

 

バイリンガルで簡単に国の垣根を越えてしまう人達と比べて卑屈になってしまう私は

情けない。

あの人の人生はきっと私の人生より豊かなんだろうなあと考えてしまう私は情けない。

 

そのことを

しっかり胸に刻んで、私は私のこれからの人生を楽しんでいきたいなあ

とこの世界の片隅でひそかに思う。

 

そう思わせてくれた万博に感謝です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025-10-05 00:00:00

貴方より倍以上ご飯を食べてきた

自民党総裁、高市氏に決まりましたね。

このまま総理大臣になれば、

日本初の女性の総理大臣。

問題山積みの中で少数与党としての厳しい船出。

また最後の決戦投票で麻生氏が「党員票の多かった候補」の投票するよう

自らの派閥に呼びかけたことが決定打になったとか。

 このことが今後の閣僚人事(内閣総理大臣に指名されるとして)に

今後の政治に

どう影響するのかと思います。

 

 でも1国民の無責任な発言で恐縮ですが、

 どれほど多くの女性がこういう時代を夢見ながら

ガラスの天井に阻まれてきたかと思うと感無量です。

 

先日仕事帰りに交差点で信号待ちしていたら、

20代と思われる若い女性が白いビニール袋を持って

誰かを探しているように周りを見渡していました。

 

しばらくして、

60代位でしょうか。

少し汚れた印象の身なりの男性のもとに駆け寄り

その白いビニール袋を渡そうとするも、

その男性は受け取るのを拒否して、

大声で怒鳴っていました。

 

二人のやり取りを見ていると

どうもそのビニール袋の中身はパンのようで

その女性はどこかでそのパンを頂いたようなのですが

これからの予定にそのパンは邪魔で

どうにか処分したいけれども捨てるわけにはいかず、

誰かに「あげる」ことを思いついたようです。

で、「パンをあげたら喜びそうな人」を物色して

身なりのみすぼらしい、

多分「食べるのに困っている」であろうその男性に

声をかけたようでした。

 

 

ちょっと話は変わりますが、

ついこのあいだまで9月の決算期で

特に多忙を極めた方も多かったかと思います。

昔SEとして在職していた会社では

この月は

PCやシステムの納品でびっしりスケジューリングされており

何か一つでもトラブルが生じてお客様から検収印がもらえないと

売上高に影響するため必死だったことを覚えています。

そういう時に想定外の自分のミスで想定外の作業が発生したことも

何度か経験してきました。

できればその想定外の作業は

決算月が終わるまで待ってもらいたいものですが、

勿論そんな身勝手なことが許されるはずがなく

自分のミス、すなわち納品業者である会社のミスで

お客様の業務に支障をきたすことはお客様にご迷惑を掛けるのは勿論の事

今まで培ってきた信用を一気に失うことになります。

 

なんとかやり繰りして、色々なところに頭を下げて

時には現場で徹夜して乗り切ったことを覚えています。

 

仕事をするということは

そうやって苦いことも、もやもやすることも

自分に対しての情けない思いも

色々なことを飲み込んで頑張らないといけない時があるものだと思います。

 

それは頑張って仕事をしてきた人なら誰しもが経験されてきているのでは

ないでしょうか。

 

その男性も色々なことを飲み込んで頑張って仕事をしてきた帰りだったのか

頑張ってきたけれども上手くいかず今は仕事がなく途方に暮れていたのか

 

わかりませんが

 

怒鳴っている男性に怯えて足早にその場を去った女性と

 後に残った男性の悲しげな表情が今も脳裏に焼きついています。

 

パンを差し出した女性よりその男性は倍以上は長く生きてきて

おそらく倍以上は自分で稼いだお金で御飯を食べてきたであろう人で

その人に対しどれほど失礼なことをしているのか

不遜なことをしているのか

その女性が気づくのはずっと後なんだろうなあと思います。

あるいは気づかないまま人生を終えるかもしれません。

 

気づくのが正解なのか、気づかないのが正解なのか

それはその女性が「どうありたいか」で

 

違ってくるのでしょうね。

 

何が豊かな人生なのか

人によって違うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025-09-28 01:00:00

未だに

テレビをつけながら家事をしていると、

「平均初年度年収(新卒者の初任給ではなく新人社員や新卒者が就職初年度に得る平均的な年収)が

男性は〇〇万円で、女性は〇〇万円で、男女間で大きな差がみられます(だったか)」

とニュースで言っていて肝心の年収額がよくわからなかったので

ネットで調べてみるとマイナビキャリアリサーチのレポートでは

2025年男性の初年度年収は587万円で女性は333万円で254万円の差。

前年比男性は3.2%、女性は5.5%増加で増加率は女性のほうが高いものの

もともとの分母が違いますものね。

平均年収も約250万円の差があるとのこと。

 

この格差の原因は産業構造や職種の違い、

管理職比率の違いなど複合的な要因によるものと考えられているとのこと。

 

確かに。

 

こうやって具体的な数字を突きつけられると

日本のジェンダーギャップ指数が148カ国中118位であり、

G7の中では最下位であることの意味を考えさせられます。

 

新卒で就職した際の初任給に差がないのに

キャリアを重ねるにつれて男女間の年収格差が拡大されやすいというのが現実ではないでしょうか。

 

そしてこの背景にあるのが

「男性は仕事、女性は家庭」という言葉に代表される

性別による役割分担を当たり前とする価値観で、

女性に対しては

「家庭を優先すべき」

「仕事より育児」

という無言の期待が働き

この価値観を前提に設計されてきた組織においては

育児休業制度や時短勤務制度を取り入れているものの

そのことが差を正当化、維持する構造につながるのだと思います。

また男性においては「稼がなくては」という重圧を受けて

制度があっても育児休業をとりづらく、

取れても短期間で終わってしまい、

長時間勤務や夜勤。出張を任されがちになり

女性は能力や実績があってもなかなか昇進できない。

 

そうやって初任給段階では大きな差はなくても

「男性は仕事、女性は家庭」に象徴される性別役割観が

時間をかけて格差を育てている。

 

若者と話をすると

「男性だから」「女性だから」ということにとらわれず

「人として」どう生きたいかを尊重している発言が多く

頼もしくもあり、羨ましくもあります。

今教育現場ではジェンダー問題についての取り組みが活発に行われているようですが、

まだまだ実践が浅く生徒自身もジェンダーの固定観念を感じていて

「自分の可能性を制限している」というケースも少なくないとか。

まだまだ発展途上にありながらもそうやって気づきを得ていくことで

確実に前進していることがわかります。

 

 

そういう「変化の芽」が大きく花開くことを祈りつつ

「現実は思った以上にすすんでいない」

とがっかりする前に

私自身が

「男だから」「女だから」という

アンコンシャスバイアス(無意識の思い込みや偏見)をかけていることに

気づき

まずは「人として」

まわりの人、そして自分自身に接していかねばと思います。

 

理想を現実にするために

小さなことからコツコツと。

 

 

 

 

 

 

 

 

2025-09-21 11:30:00

砂をかむような日々

6月に仕込んだ梅酒が飲み頃になりました。

わーい!

梅酒1.jpg梅酒2.jpg

仕込んだ直後ほんと綺麗でぴかぴかですが

6か月後熟成された梅酒、琥珀色でこれまたいい味だしています。

まるで人生のようだ。

 

親しい人にお裾分けしようかどうか悩んでいます。

口に入る自家製のものをお持ちするのはなかなか勇気がいるものです。

 

認知症予防対策のひとつに回想法があり、

自分の過去を回想して話すことで精神を安定させ認知機能の改善が期待できる

というものですがこの回想支援をしたときに

小さかった頃の思い出や

学生時代、若かりし頃の思い出は活き活きと目を輝かせてお話になるのですが、

支援後アンケートを頂いたときに

一言

「あの頃はあんなに楽しかったのに今は勤め先と家との往復だけで砂をかむような日々です」

と添えられていらっしゃる方がいてうっと胸が詰まりました。

 

私もつい最近までそうだったなあ。

 

今でも時々生きていくうえで「やらないといけないこと」が多すぎて

「やりたいこと」がなかなかできずうううっ!と声をあげたくなることがありますが、

勤め人の頃特に終盤は「やらないといけないこと」が消化できず、

いつしか自分の「やりたいこと」が何だったのか思い出せなくなっていました。

 

私の「やりたいこと」は何だったのか。

今「やりたいこと」は何なのか。

 

そして今までやりたいと思ってやってきたことは

本当に自分のやりたいことだったのか。

 

そう考えたときに

自分が「やりたいこと」は

まわりの価値観

例えば親やまわりの大人達や友達が

「いい」と言っていることを投影してきただけではないかと

「人の目を気にしながらの」やりたいことだったのではないかと

ふつふつと自問自答しだし

なんとももったいない人生を送ってきたなあと思います。

 

この私という人生は一度きりなのに。

 

だからこの「砂をかむような日々です」書いてこられた方に

返す言葉が見つからず

「回想支援」を発案された方に助けを求めたところ

「今はそのような日々を送っておられても、

毎日そうやって懸命に頑張っている今は

後から振り返った時に「あの頃があったから今の自分があるんだ」

という日がきっと来ます」

との返事をいただき私自身が救われたように思いました。

 

 

振り返ると「やりたいこと」を見失いながらも

懸命に生きていた日々の中で培ってきたことが

今の得体のしれない自信の源なのかもしれません。

 

全ての経験は全て自分の中にある。

 

琥珀色の梅酒を眺めながら

思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025-09-14 15:15:00

やるせないこと

 前回お話した「生さんま」、大ぶりで脂がのっている上に豊漁で卸値は昨年の3分の1ほどだとか。

「奇跡のさんま」と言われているんですね。

でも豊漁すぎて詰めるための氷や発泡スチロール資材が不足するなどで

漁港の処理能力を超えたり漁獲枠超過の恐れから

自主的に休漁期間を設ける漁港もあるとか。

10月以降はこんなに大ぶりなさんまは手に入らないという話もあり

まだ食されていない方は

今のうちに是非「奇跡のさんま」堪能してくださいませっ!

 

早いもので9月も半ば。

万博閉幕まであと1か月ほどになりました。

開幕前は否定的な意見が多かった万博。

そしてミャクミャク!

この大人気を誰が予想したでしょう!

しっかり黒字で閉幕するようですね。

 

一方で今各メディアでも大きく取り上げられている

「海外パビリオンの建設費未払い問題」

コロナによって前回開催のドバイ万博延期による

工事着工の遅れや

ロシアのウクライナ侵攻等による原料費の高騰で

開幕まで突貫工事にならざるを得ず、

大手建設業者が手を引く中で

手を挙げた中小の建設業者が

費用面でも作業面でもかなり無理をして頑張って開幕まで間に合わせた挙句

外資系イベント会社の日本法人である元請会社が支払してくれないがゆえに

倒産せざるを得ない会社も出てきているという現実。

未払金は突貫工事の最中に発生した追加工事の費用であり、

時間がない中であったので、契約書なしの口頭による受注が多く含まれているとのことで

「契約書がない工事費用について外資系の企業が支払うとはまずない」

ということ。

実際に支払いを求めての訴訟を起こしている会社はありながらも、

未払元請会社である外資系企業は「債務が存在しないことの確認を求める訴訟を起こしているのだとか。

海外と日本の商取引の違いによるリスクを

長い歴史の中で辛酸を舐めながらも知り尽くしてきた大手企業ならともかく

(リスク案件となった当工事に対し大手、中堅が参入せず)

過剰な負担を強いられることを承知で「腹をくくった」中小の建設業者はにとっては

「開幕までになんとか工事を間に合わせる」ことが最優先事項であり

「あのパビリオン、俺がつくったんやで!」と家族に胸を張る姿を夢見て

また、勿論会社が潤うことを信じて

そして何よりも自身のプライドのために

おそらく過度の重労働の中、ただただ頑張ってやり抜いたことは

想像に難くありません。 

 

黒字化したのなら、

請求元が勝訴しても時間がかかるでしょうから、

是非その利益を未払金に充当してもらいたいと思うのですが

そんな単純にはいかないものなのでしょうか..。

 

今回のような「やるせないこと」

私たちの日常であるのかと問われると

大小の差はありますが

ごろごろ転がっていますよね。

 

ただそのあなたにとっての「やるせないこと」が

他の人にとって「やるせないこと」

なのかどうかわからず、聞いて拒否されるのも辛いから聞くこともできない。

だから一人でもやもやを抱えてしまう。

 

今回のことはひいては「人の生死」にかかわる大きな問題で

多くのメディアが取り上げているわけですが、

こうやって問題が顕在化しないことには

解決することは決してないのだから

「声をだす」ことは勇気がいることだけど、

まずはAIではない誰かにそのもやもやを

自分の言葉で語ってください。

 

生きている中では算数のように

「これが正解だ」という唯一の答えはなかなか見つからないものだけど

「なにが正解」なのかを一緒に考えてくれる人を見つけることはできます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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