日記
見上げてごらん
関西では梅雨が明けて酷暑が近づいてまいりました。
もはや40℃超えが珍しくない時代。
なんでもワークマンが開発した酷暑対策最新ウェアが
体感マイナス14℃になるとか。
3月に販売開始でしたが完売が続いていて
入手困難だとか。
こういう情報を敏感に察知して
3月に既に入手していたあなた、
流石です!
昨日日が落ちてから帰途についていた私、
久しぶりに夜空を見上げました。
すると、南西の方角にやたら光輝いている星らしきものが!
しばらく眺めていましたが、動かない。
夜空に星しか見えなかった時代なら
間違いなく星だと思ったでしょうが、
まわりの建物からの照明の光より
強い光を放っていたので星じゃないよなあ
と思っていたら、南東の方角に光る物体が現れ。
この物体は青いライトを点灯させながらゆっくり下降していたので
間違いなく飛行機だとわかります。
関西空港の滑走路に向かって着陸体制に入った飛行機でしょうから
多分時間等の情報を与えれば
AIがすぐにどの飛行機だったのか
教えてくれるはず。
同じように
南西に見えた星らしきものの正体も
もしかすると案外簡単に判明するかもしれません。
私の興味はそこにしかなかったけれども
もし誰かと一緒に歩いていたら
その人は遠くに見える鉄塔や煙突に興味をもって
そこになんの施設があるのか
すかさずスマホで検索していたのかもしれません。
見上げて立ち止まっているときに
近くにワークマンの店舗があることを思い出し
SNSで評判になっていて気になっていたその人は
急ぎ店に向かったかも。
「見上げてごらん、夜の星を」と坂本九さんが歌ってから
早60数年。
子どもの頃は九さんの歌にまったく違和感なく
歌の世界に浸っていたけれど
今夜空を見上げると色々な情報がてんこ盛り。
そして同じものをみているはずが
自分にとって興味のあるものにしか目がいかず
隣の人と得る情報が異なり
うかうかするとこの酷暑に最適なウエアが手に入らなくなる。
九さんの歌の世界から
思えば遠くにきたもんだ。
だけど情報に翻弄されず、上手く利用できれば
こんなに便利で快適な世界はないですよね。
5年後夜空を見上げた時に
どんな景色が広がっているのか。
そしてその景色の先にある世界が
快適だと感じているのか
振り回されているのか
取り残されてみじめな自分でいるのか
楽しみで仕方ない。
雨の中
なんともう7月。
うかうかすると今年も終わりますが、
梅雨で台風もやってくるこの時期。
雨の中近所の神社の横歩くと土の匂いがして
もうすぐ訪れる酷暑の中では
こんな風に土を感じることはないんだろうなあ
雨の中駅に向かう途中、地べたに仰向けに寝転がっている青年発見。
屋根があるので濡れないものの、
スマホで音楽を流しながら
この世の終わりみたいな顔をして空を仰いでいる。
おお。。
やばい。
きっとその青年にとって、
この世の終わりのような出来事があったのだろうと想像しながら
私そそくさと通り過ぎました。
青年が今までどんな生き方をしてきたのか
知る由もありませんが
雨の街中地べたに寝っ転がってはないにしても
この世の不幸を全て背負ったような顔で
空を見上げるような出来事は
誰しもが経験しているのではないでしょうか。
そんな時、
だまって一緒に寝っ転がって空を見上げてくれる人がそばに居てくれたら
どんなに救われるのだろうと思います。
振り返ると、私は辛いとき
そばに誰か居てくれることを望むばかりで
誰かが辛いとき、
私は寄り添って一緒に空を見上げるような人間ではなかったと
今更ながら思います。
一緒に空を見上げる人でいたい。
根っこにあるもの
梅雨の時期に台風が同時に2つも来て、
青森や関東地方で地震もあったりで
大変なことになっていらっしゃいませんか?
今やスマホから突然警告音とともに警報や避難勧告のお知らせが来て
鉄道や飛行機も早い時期に運行中止のお知らせが出たりで
ここ数年の国全体のBCP対策の向上には目覚ましいものがありますね。
その根っこには
阪神淡路大震災や東日本大震災等ここ数十年の間に
発生した大震災等で多くの命が失われ
多くの人が負った痛みや深い悲しみがあるのではないかと思います。
今日眠っている私を肩を揺すって起こす人が居て
まわりを見渡すと誰も居ない。
当りを探すとなぜか大きな袋に
鳥取の二十世紀梨と書かれた段ボール箱が入っていて
玄関の方へ行くと
元気いっぱいの母が
「鳥取に旅行に行ってたねん!」と笑顔で話しながら入ってくる。
「いきなり居なくなったからどこに行ってたのかと心配してたよ!」
と言ったところで目が覚めて夢だったのだと気づき。
なんとも寂しい目覚めでした。
身近な人を失くした悲しみや喪失感は
歳月とともに心の奥底に沈んでしまうけど
ふとしたことがきっかけで表に出て
気持ちの置き場に困ってしまうことがあります。
人の気持ちはなかなか厄介で
失って初めて気づくことがあり、
その時に感じた後悔や悔しい思いを羽根にして
より良いものを作り上げたり成長したりするけれども
その時は気づかなかったとしても
しっかり自分の奥深くにちゃんと記憶されていて
ふとした時に気づく瞬間があるものだなあと思います。
哀しみも喜びも憤りも。
噛みしめてまた新しい感情に出会う。
人は
なんと奥深い生き物かと思います。
だからできるだけ生きて、
この奥深い生き物を
堪能して楽しまなきゃね。
ニューロダイバーシティ
「腸内フローラ」ご存じですか?
恥ずかしながら私、言葉は聞いたことあるものの、
具体的にはどういうものなのか、最近まで知らず。
「腸の中にすんでいる細菌の集まり(生態系)」のことだそうで、
しかも 人によって“まったく違う”のだとか。
腸内フローラは
食べ物の消化を助けたり
ビタミンを作ったり
免疫を調整したり
メンタルに影響する物質を作る
病原菌の侵入を防ぐ
らしい。
だから乱れると
便秘・下痢 や肌荒れ、 免疫低下やアレルギーが悪化したり
精神的不調を起こしたりするのだとか。
乱れないためには
発酵食品(ヨーグルト、味噌、納豆、キムチ)や
食物繊維(野菜、海藻、雑穀、寒天)を食べて
規則正しい生活を送り適度な運動をしましょう!
ということらしいです。
それにしても人によって全く違うのが興味深いところです。
何故違うのか!ですが
まず生まれたときに
経腟分娩か帝王切開か
母乳かミルクか
この時点で腸内細菌の“初期セット”が決まって
食生活、和食中心なのか肉中心なのか
発酵食品をよく食べるのか
などで腸内細菌の種類が大きく変わるらしく
睡眠や運動などの生活習慣やストレス
年齢や遺伝的な体質も腸内細菌の構成に影響するとか。
だから同じものを食べても、
腸内フローラが違えば身体への影響も違うので
ヨーグルトが合う人・合わない人がいる
食物繊維で便秘が改善する人・しない人がいる
太りやすい人・太りにくい人がいる
のだそう。
ここまで知って、
人の脳の特性についてふと思いを馳せてしまいました。
ニューロダイバーシティ
(Neurodiversity/神経多様性)という言葉をご存じでしょうか?
「脳の多様性は自然なもので、優劣ではない」ということを示す言葉です。
脳の仕組みは複雑すぎて、わからないことだらけですが
同じ場所で同じような体験をしても
「なんでそんな捉え方するの?」
「なんでそんな行動をとるの?」
なんて思うことはしょっちゅう!
ではないでしょうか。
生まれながらの脳の特性に加え、
今まで経験してきたことや環境によって
誰一人同じ脳、同じ思考を持つ人はいないわけで
そう考えると、
「あの人何考えているのかわからない!」
のは当然なんだなあ
と思うと少しは気楽に生きられるかなあなんて
思います。
言わないだけ
肩こりが酷いし色々凝り固まっている私。
お試しできるということで
前々から気になっていた"身体をほぐしてくれる”であろうお店(こんな書き方で申し訳ない)へ行ってみようと思いたちました。
ネットで予約しましたが、都合で日程の変更をする必要があり、
予約専用窓口へ電話。
窓口の方の対応が丁寧な口調であるものの
不遜な物言いで少しカチーンと来た私。
嫌な予感はしつつ店の対応は違うことを期待して訪問。
訪問すると嫌な予感は当たり、しょっぱなからなんだか不快。
少なくとも私には気持ちの良いものではありませんでした。
ここでお金を使うのは嫌やなあと思い、
お試しなのに事細かい会員登録をする必要があることにも
抵抗があったのでそれを理由に施術前にキャンセルさせていただきました。
(あとでお試しの施術後しつこい勧誘があることを知り返ってよかった!)
こういう時、
「あんたの態度が気に食わんねん!」と言ってしまうと
今時カスハラになってしまうかもと思い
名前と電話番号、メールアドレスは予約をとるときに登録していることもあり
へんに恨まれてトラブルになってもなあと思い
咄嗟にシステムの問題にしましたが、
私も大人になったもんだなあと思います。
職場でも近所付き合いでも家庭でも
ついつい飲み込んでしまう言葉、ありますよね。
何故なのか?と考えると
大半は今回のような自衛(自分の心を傷つけないことも含めて)のためと
相手を傷つけないためになるのかなと思います。
相手を思いやるあまり
優しい嘘をついてしまうこともあります。
成長とともに培われる人への配慮は
自分が攻撃されない防御になることを
私達は経験から学習していきます。
学生から社会人となりその経験の中で
無邪気ではいられないほど、
人間関係の摩擦や距離感に敏感になっていくから
「察し」がつくようになっていき
本音を直接言わず、相手の面子や場の調和を優先する。
だからこそ子供のころのように感情を素直に口に出す「透明性」とは対極のものとなり、それこそが人間関係に苦しむ大きな要因なのだと思います。
今回のケースのように簡単に関係を断ち切ることができるならともかく
職場や近所付き合いや家庭では逃げ場がない。
だからこそ「角を立てずに共存する技術」を磨くことが大切なのだと思います。
「無邪気な笑顔」より 場をわきまえた「思慮深い表情」。
それが意識せずとも自然にできる
洗練された大人になりたいものです。
ただ、
大切なのは自分の心に嘘をつかないこと。
自分の心を誤魔化して
「角を立てずに共存」するのだとしたら
いずれ破綻します。
「角を立てずに共存」することは
実はどうやって取捨選択をするかが重要だと思います。
時には「捨てる」ことも必要で
「捨てる技術」も必要だと思います。
明日笑顔でいるために。
