日記
I'm lucky!
先週お伝えしていた私の挑戦は、初「海外一人旅」でございました!
BTS6年半ぶりのワールドツアー初日参戦のため、
お隣の韓国に行ってきたのでございます。
入国審査からもう、緊張でどうにかなりそうな私。
ホテルは本当に予約できているのか?
無事公演に参加できるのか?
公演後ちゃんとホテルまで辿り着けるのか?
帰りの飛行機にちゃんと乗れるのか?
等々もう不安でいっぱいでございましたが、
「案ずるより産むが易し」
とても楽しく思い出深い旅になりました。
LIVE会場客席は国際色豊かで、
私の隣はオーストラリアの方。
宿泊ホテルが同じで
同じシャトルバスで帰ることもあり
すっかり仲良くなって
片言の英語とスマホの翻訳アプリを使って
色々な話をしたのですが、
何度も出てくる言葉が
「I'm lucky!」
実はコンサート当日大雨で、
屋根がないスタジアムでレインコートを着ながらの参戦。
シャトルバスまでの帰り道も、
混雑していて交通規制がありながらなので
なかなか辿り着けず傘をさしても濡れるような雨で、
着いた頃にはすっかり身体が冷えてしまい。
高齢の女性なのできっと辛いはずなのに
楽し気に色々な話をしてくださる。
今日の事も「I'm lucky!」。
「こんな雨だからこそお互い声をかけることができて、
あなたと友達になれてI'm lucky!」
泣かせる!
今まで色々な人とお会いしましたが
きらきら輝いている方は
必ずこの言葉
「私はついている」
「I'm lucky!」
をよく口にされます。
自分にとってあまりよくない状況でも
捉え方がはんぱなくプラス思考。
実は何人かの人が道に迷ってシャトルバスになかなかたどり着けず
バスの出発が2時間近く遅れて
私は内心苛々。寒いしひもじいし。
車内の空気があまりよくなくなっていく中、
やっと到着された迷い人。
すると、
「見知らぬ土地で迷子になって本当に心細かったやろうなあ」
とどこかから優しい声。
ほんまやなあ。
私は自分の心の狭さに猛省。
情けない!
色々気付かされた今回の旅。
人の優しさにもいっぱい触れられて
「I'm lucky!」
さてどうしてBTSは
これまでファンクラブなるものに入ったことのない
おばちゃんまで迷わずファンクラブに入って
必死にチケッティングさせ、
海外一人旅にかりたてるのか。
世界各国から本国のライブに参戦するのか。
会場には本当に色々な人種の方、年齢層の方がいらっしゃいました。
機会があれば彼らの歌う曲の歌詞にふれてみてください。
(最近の曲では「NORMAL」など如何でしょう?彼らの曲の多くは歌詞も曲もメンバーが書いていて、制作に参加しています)
とんでもないですから!
居場所
ようやく春めいてきましたが、如何お過ごしですか?
私はと言いますと、来週とある挑戦をするので、
その準備に追われております。
どうなりますことやら。
何に挑戦したのか?!
無事完遂できましたらご報告しますね。
4月になり、新しい環境の中で色々なことに戸惑いながらも
頑張っている方もいらっしゃるのかと思います。
新しいメンバーを貴方は受け入れる側なのかもしれませんね。
学校でも職場でも家庭でも近所付き合いでも。
「自分がそのままでいても大丈夫だ」と感じられる場所。
評価されたり、無理に合わせたりしなくても
「ここにいていい」と思える場所。
ただ存在するだけでなく、
「自分がここにいる意味がある」と思える場所。
あなたにはありますか?
もしなくても、
最初から完璧に安心できる場所はまず無くて
最初から心地よい居場所が用意されているなんてことは滅多にない。
小さなやり取りの積み重ねで
「ここは大丈夫かもしれない」と感じていくものです。
「居心地の良い場所」に
少しずつ育てていけば良き。
それが難しいのだと悩んでいるだとしたら、何故難しいのかを一緒に考えましょう。
あなたの居場所が見つかりますように。
積み重ね
実は私、こう見えて(どう見えて?)マツエク、
「まつ毛エクステンション」なるものを月に1度施術していただいております。
外反母趾がひどい私、
先日アマゾンで購入した外反母趾用のサポーターをつけていそいそと行って参りました。
担当頂いている方は長年お世話になっている美容師さん。
20代の女性ですが、礼儀正しくなんというか、
色々わきまえている「プロフェッショナル」な人。
いつものようにリクライニングシートに横になり、
寛ぎながら施術を受けていたのですが
しばらくしてサポーターをしている右足の親指下の関節が痛み出し。
右に傾いている親指を本来ある場所に固定させるようなサポーターで
施術中は足元が宙に浮くので負担がなくなり大丈夫だと思ったのですが
甘かった!
歩い時にはなんでもなかったのに
宙に浮くのが良くなかったのかどんどんズキズキ痛くなり。
でもまつげをつけていく繊細な作業を一生懸命されている最中に
中断していただくのも忍びない。。
いつもはなんてことはない施術時間。
耐える時間は長いことか..。
でもあと数十分でこの苦痛からは解放されるんだ!
耐えるんだあ!と心の中で叫びながら
ひたすら我慢我慢...。
で、やっと施術が終わり。
「ごめん!実は外反母趾矯正ギブスが痛すぎて!外すわ!」
といいながらすかさず靴下を脱ぐ私。
「あ、そうだったんですか!言ってくだされば!」
と恐縮する彼女。
「矯正ギブス痛いですよね。私も実は左手ギブスしないといけないんですけど、
痛すぎて、それに仕事に差し支えるので外しているんですよ」と。
え??
なんと左手が痛くて腱鞘炎かと思い病院に行ったら
手術を勧められるほどの状態だったそうで。
「今はとても手術を受けられる状況ではないので
ギブス(サポーター?)の着用と
週2回の痛み止めの筋肉注射を打ってます。」
と。
「大変やん!痛いやん!」と叫ぶ私。
いやあきっと職業病。
人一倍頑張り屋の彼女。
昇格試験も積極的に受けている様子なので
技術力を磨くため練習を重ねてたんやろうなあ。
そしてそんな痛みを抱えながらも
今回も丁寧な施術で完璧な仕上がりでした。
これから先、長く美容師を続けていくなら
ここは思い切って長期休暇をとって
手術した方が良いと思うけど
それは今の私の価値観からの判断で、
彼女にとってはそれは簡単なことではないということも
察しがつきます。
折角築いてきたキャリアが終わってしまう恐怖もあるのかと思います。
こういう時こそ、私達キャリアコンサルタントの専門性が問われるところ。
大好きな彼女だからこそ、何年か後に過去を振り返るとき
「あの時の選択があったから今笑っている私がいるんだ」
と思えるように
彼女の「ありたい自分」を実現するために
傾聴し共に悩みたいと思います。
未来は日々の積み重ね。
彼女の手も日々の積み重ね。
恥ずかしながら
私の外反母趾も日々の積み重ね。
今日もめげずにサポーター撒くぞ!
8年遅れてきた挨拶
かつてSEだったころ
暫く仕事をご一緒した方から突然のお電話を頂き。
仕事をご一緒し始めた頃は営業課長でしたが、
あれよあれよと出世なさり1支社の営業部長から
本社へ栄転され、そのころには年賀状を出しても返信もされなくなり。
どんどん疎遠になっていきました。
私が退職する際、
お世話になった方々に挨拶のメールを送ったのですが
かつての上司や同僚から激励のメールをいただく中
唯一返信がなかったのがその方でした。
送別会で「〇〇さんから連絡来た?」と聞かれ
「いや、まったく。薄情なもんですわ!」と愚痴っていた私。
それから早8年歳月が流れての突然の電話。
私が携わっていたシステムに関連して得た知識から
ある案件について「意見を聞きたい」とのことでした。
相談ごとの合間に近況をお話になったのですが、
癌になり治療を続けているとのこと。
「進行は遅いんやけどな」とぽつんと。
「(相談事が)複雑な話になると思ったから会って話した方がいいかと思ったけど、それほどではないなあ」
とも言われ。
今はその方も退職され元取引先の会社にお世話になっているとのこと。
「ほんま在職中にお世話になったなあ」と。
「折角なのでお会いしましょうか?」
と口にしようかどうか一瞬迷いましたが
結局はその言葉を飲み込んで
「お大事になさってください」
という言葉で電話を切りました。
その方は私に会いたいのかというと
そうではないように思い
多分お会いしても
私は当り障りのない話をして終わるような気がして。
その方は
けじめをつけられた。
その方なりの別れの挨拶を
8年越しにしてくれた
のだと私は勝手に思っています。
そしてその方の心境を推し量ることは
烏滸がまし過ぎるとも思うのです。
8年越しの挨拶に私はただただ感謝する。
それが今私にできる精一杯であるとも
思います。
どうか長生きしてください。
鬼が来る
若い頃筒井康隆の小説が好きでよく読んでいましたが
折に触れ、時々思い出します。
今「死にかた」という小説を思い出しています。
ある日突然とあるオフィスに金棒をもった鬼が
次々と人を殺していくという話で
何が怖いかというと、鬼に感情がないのです。
ターゲットになった人達は様々な反応をします。
冗談だと思って無視する人
鬼を非難して正義を語る人
茶化してごまかそうとする人
逃げようとする人
色仕掛けで命乞いする人
面白がって見ている人
鬼に殺されるくらいならと自殺する人
自分を後回しにしてくれと頼む人
ですが、 鬼は
怒っていない
憎んでもいない
理由を言わない
誰を選ぶわけでもない
ただ 順番に殺していくだけです。
そこに存在するのは
人間の感情から切り離された暴力です。
今私が思い出したのは
中東等で起こっている戦争では
個人的な憎しみとは関係なく
命令によって
人が死んでいく
その「人間の感情から切り離された感じ」が、この鬼と重なるからだと思います。
そしてこの小説の舞台は特別な場所ではなく
普通のオフィスであることがとても怖い。
普通の日常
普通の仕事
普通の人たち
の中に、突然「鬼=死」が入ってきます。
日常が突然壊されるわけです。
悲しいことに世界は理由なく人を殺すことがあります。
鬼が淡々としているからこそ、私達は考えないといけない。
もし自分がその部屋にいたら
どう生きようとするのか。
この鬼には
-
交渉も通じない
-
理屈も通じない
-
お金も通じない
つまり 人間の社会のルールが一切効きません。
ですが、戦争は天災ではなく人災。
この鬼のように
「人間がどう頑張っても止められないもの」
ではないはず。
どうか世界の指導者達が
鬼ではなく人でありますように。
そう祈るしかないのかも知れません。
