日記
享受する
日本初の女性総理大臣、誕生しましたね!
高市総理が放つ熱量に、私は大いに期待せずにいられません。
就任以来息つく暇もないほど多忙を極めていらっしゃるように見受けられる。
問題山積みの中の厳しい船出。
時間はいくらあっても足らない状況かと。
国の明日を担う総理とはくらべものになりませんが、
今年もあと2か月弱。
といいますか今月も残りわずか。
今月中にやらないといけないことが山積みの私、
今日もひいひい言うてます。
はぁ。。
日々時間がない!と齷齪し、気が付けばもうすぐ来年。
「そんな感じであっという間に一年が過ぎるので、
今年から年初めに今年中に挑戦することをいくつか決めるようにしたんです」
と知人。
その方は大阪マラソン参加完走を第一目標に
社内コンテストに参加することを第二の目標に掲げ全て達成したとのこと。
えらいっ!
ということで、
今更感満載ですが、私も少し考えてみました「これからの抱負」。
私がこれから成し遂げたいものってなんだろう?
と考えたときに誰からも何者からも束縛されず
制限されず脅かされず
自由に目標を持つことができることが
当たり前ではないことに気づきました。
私は今健康で恵まれているのだなとも思います。
だからこそ、今を享受しなければ。
「安心・安全な生活を享受するのは国民の権利」という言葉がありますが、
日本国憲法にはこの言葉に直接言及した条文はないものの
第13条(個人の尊重・幸福追求権)や第25条(生存権)などに基づく
基本的人権の一部として保障される権利とされています。
また第12条に自由・権利の保持の責任という条文があり、
「この憲法が国民に保証する自由及び権利は
国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」
とあります。
権利は「受け取るだけのもの」ではなく、自らも他者の権利や安全を尊重し、
守る責任があるということです。
享受する権利は守る責任、義務も伴うものだということを
今一度思い出す必要があるのかもしれません。
幸運の女神には前髪しかない
公明党が自民党との連立を離脱したのが10月10日。
吉村代表が譲れないとしていた「議員定数削減」を自民が応じる方向となり
自民党と日本維新の会が20日にも連立政権の合意書に署名する見通しとのことで
一時は危ぶまれた女性初の総理大臣誕生が急転直下、
現実味を帯びてきました。
(そして維新は大臣を送り込まず閣外協力を検討しているのだとか。賢い)
連立に向けての協議に関連する報道を見ていると
実際に起こっていることはわかりませんが
強い信念をもつ両党の代表が
維新の提起した政策を論じるにあたり
「これからの日本」をよくするために
真摯に向き合っていると私には見えて
今までにない景色をここ数日目の当たりにしていることに
驚いています。
「幸運の女神には前髪しかない」という諺をご存じでしょうか?
由来は古代ギリシャの詩人が時の神カイロスについて
「前髪があるが後ろ髪はない」と表現したことが始まりとされており
「好機は目の前に現れたときに掴むものであり、過ぎ去ってからは決して捕まえられない」
ことを示しています。
今回の高市総裁誕生から公明党連立離脱、その後の維新との連立合意の流れを見ていて
好機やチャンスは
掴める自分でいないと、つまり掴めるスキルがないと掴めないのだということを
まざまざと教えられたように思います。
誰にとっての好機でチャンスだったのか。
高市総裁にとってなのか。
自民党にとってなのか。
維新にとってなのか。
それはいずれ歴史が証明してくれるだろうけど
日本という国にとって大きな好機であったと
なってほしい。
切に願います。
この人生が2度あれば
万博、閉幕しますね。
最後にと先日行って参りました。
何か記念になるものをと思い
チェニジア館では購入した指輪やお皿にアラビア文字で名前を彫ってくれると知って
クスクスも食べたことがないのでこの機会をと思い並びました。
あっという間に下の写真のように
駱駝とヤシの木と私の名前を彫って下さり
「おお!」と感嘆の声をあげていると
わらわらと人が集まってきて
その中のとてもきれいなお嬢さんが
流暢な英語で彫師のダンディなおじさまに話しかけ、
おじさまも微笑みながら答えていて
(手はしっかり仕事をしながら)
何を話しているのかさっぱりわかりませんでしたが
そのいい雰囲気に便乗して
「スマイル、プリーズ!」とおじさまにスマホを向けると
眼鏡をとってとても良い笑顔を向けて下さり、
隣のお嬢さんも「わお!」と素敵な反応をしてくれて
ほっこりした良い時間でした。
どのパビリオンに入っても
ついつい目がいってしまうのが
そこで働くミドルエイジ位の日本人女性スタッフの方。
基本英語が話せて
対応がスマートで教養の深さを感じる素敵な方が多く
そして皆さん活き活きしていらっしゃる。
真っ直ぐな眼で物怖じせず英語で話しかけるお嬢さん。
彼女のこれからの人生はどれほどの可能性があるのかと
活き活きした笑顔のスタッフの方は
どんな人生を生きてきたのかと
ついつい思いを馳せてしまい
羨ましくもあり
それに比べて私はと
卑屈になる自分も居て
情けない。
最近主人公が過去の自分に戻り人生をやり直す「タイムリープ」を扱ったドラマが多く
「ああ、あの時に戻ってやり直すことができたらなあ」
は人類の究極の願望なのかもしれません。
「人が考えることはいつか実現できる」という人もいて
実際に動くIPS心臓やNTTの光ベースの次世代通信技術「IOWN」や
「空飛ぶクルマ」を目の当たりにすると
時間を行き来することもいつかは実現できるのかもしれません。
(未来に進むことはできても過去に戻ることは不可能と聞いたことはありますが)
でも、例え過去に戻れてやり直せても
「ありたい自分」がどんな自分なのか。
世界を飛び回りグローバルに活躍する私なのか。
沢山子供を産んで賑やかな家族の中で笑っている私なのか。
私が幸せを感じるのはどんな時なのか。
ちゃんと自分の中にないと
気づいていないと
違う人生を歩んだとしてもやはり後悔するのだと思います。
バイリンガルで簡単に国の垣根を越えてしまう人達と比べて卑屈になってしまう私は
情けない。
あの人の人生はきっと私の人生より豊かなんだろうなあと考えてしまう私は情けない。
そのことを
しっかり胸に刻んで、私は私のこれからの人生を楽しんでいきたいなあ
とこの世界の片隅でひそかに思う。
そう思わせてくれた万博に感謝です。
貴方より倍以上ご飯を食べてきた
自民党総裁、高市氏に決まりましたね。
このまま総理大臣になれば、
日本初の女性の総理大臣。
問題山積みの中で少数与党としての厳しい船出。
また最後の決戦投票で麻生氏が「党員票の多かった候補」の投票するよう
自らの派閥に呼びかけたことが決定打になったとか。
このことが今後の閣僚人事(内閣総理大臣に指名されるとして)に
今後の政治に
どう影響するのかと思います。
でも1国民の無責任な発言で恐縮ですが、
どれほど多くの女性がこういう時代を夢見ながら
ガラスの天井に阻まれてきたかと思うと感無量です。
先日仕事帰りに交差点で信号待ちしていたら、
20代と思われる若い女性が白いビニール袋を持って
誰かを探しているように周りを見渡していました。
しばらくして、
60代位でしょうか。
少し汚れた印象の身なりの男性のもとに駆け寄り
その白いビニール袋を渡そうとするも、
その男性は受け取るのを拒否して、
大声で怒鳴っていました。
二人のやり取りを見ていると
どうもそのビニール袋の中身はパンのようで
その女性はどこかでそのパンを頂いたようなのですが
これからの予定にそのパンは邪魔で
どうにか処分したいけれども捨てるわけにはいかず、
誰かに「あげる」ことを思いついたようです。
で、「パンをあげたら喜びそうな人」を物色して
身なりのみすぼらしい、
多分「食べるのに困っている」であろうその男性に
声をかけたようでした。
ちょっと話は変わりますが、
ついこのあいだまで9月の決算期で
特に多忙を極めた方も多かったかと思います。
昔SEとして在職していた会社では
この月は
PCやシステムの納品でびっしりスケジューリングされており
何か一つでもトラブルが生じてお客様から検収印がもらえないと
売上高に影響するため必死だったことを覚えています。
そういう時に想定外の自分のミスで想定外の作業が発生したことも
何度か経験してきました。
できればその想定外の作業は
決算月が終わるまで待ってもらいたいものですが、
勿論そんな身勝手なことが許されるはずがなく
自分のミス、すなわち納品業者である会社のミスで
お客様の業務に支障をきたすことはお客様にご迷惑を掛けるのは勿論の事
今まで培ってきた信用を一気に失うことになります。
なんとかやり繰りして、色々なところに頭を下げて
時には現場で徹夜して乗り切ったことを覚えています。
仕事をするということは
そうやって苦いことも、もやもやすることも
自分に対しての情けない思いも
色々なことを飲み込んで頑張らないといけない時があるものだと思います。
それは頑張って仕事をしてきた人なら誰しもが経験されてきているのでは
ないでしょうか。
その男性も色々なことを飲み込んで頑張って仕事をしてきた帰りだったのか
頑張ってきたけれども上手くいかず今は仕事がなく途方に暮れていたのか
わかりませんが
怒鳴っている男性に怯えて足早にその場を去った女性と
後に残った男性の悲しげな表情が今も脳裏に焼きついています。
パンを差し出した女性よりその男性は倍以上は長く生きてきて
おそらく倍以上は自分で稼いだお金で御飯を食べてきたであろう人で
その人に対しどれほど失礼なことをしているのか
不遜なことをしているのか
その女性が気づくのはずっと後なんだろうなあと思います。
あるいは気づかないまま人生を終えるかもしれません。
気づくのが正解なのか、気づかないのが正解なのか。
それはその女性が「どうありたいか」で
違ってくるのでしょうね。
何が豊かな人生なのか
人によって違うように。
未だに
テレビをつけながら家事をしていると、
「平均初年度年収(新卒者の初任給ではなく新人社員や新卒者が就職初年度に得る平均的な年収)が
男性は〇〇万円で、女性は〇〇万円で、男女間で大きな差がみられます(だったか)」
とニュースで言っていて肝心の年収額がよくわからなかったので
ネットで調べてみるとマイナビキャリアリサーチのレポートでは
2025年男性の初年度年収は587万円で女性は333万円で254万円の差。
前年比男性は3.2%、女性は5.5%増加で増加率は女性のほうが高いものの
もともとの分母が違いますものね。
平均年収も約250万円の差があるとのこと。
この格差の原因は産業構造や職種の違い、
管理職比率の違いなど複合的な要因によるものと考えられているとのこと。
確かに。
こうやって具体的な数字を突きつけられると
日本のジェンダーギャップ指数が148カ国中118位であり、
G7の中では最下位であることの意味を考えさせられます。
新卒で就職した際の初任給に差がないのに
キャリアを重ねるにつれて男女間の年収格差が拡大されやすいというのが現実ではないでしょうか。
そしてこの背景にあるのが
「男性は仕事、女性は家庭」という言葉に代表される
性別による役割分担を当たり前とする価値観で、
女性に対しては
「家庭を優先すべき」
「仕事より育児」
という無言の期待が働き
この価値観を前提に設計されてきた組織においては
育児休業制度や時短勤務制度を取り入れているものの
そのことが差を正当化、維持する構造につながるのだと思います。
また男性においては「稼がなくては」という重圧を受けて
制度があっても育児休業をとりづらく、
取れても短期間で終わってしまい、
長時間勤務や夜勤。出張を任されがちになり
女性は能力や実績があってもなかなか昇進できない。
そうやって初任給段階では大きな差はなくても
「男性は仕事、女性は家庭」に象徴される性別役割観が
時間をかけて格差を育てている。
若者と話をすると
「男性だから」「女性だから」ということにとらわれず
「人として」どう生きたいかを尊重している発言が多く
頼もしくもあり、羨ましくもあります。
今教育現場ではジェンダー問題についての取り組みが活発に行われているようですが、
まだまだ実践が浅く生徒自身もジェンダーの固定観念を感じていて
「自分の可能性を制限している」というケースも少なくないとか。
まだまだ発展途上にありながらもそうやって気づきを得ていくことで
確実に前進していることがわかります。
そういう「変化の芽」が大きく花開くことを祈りつつ
「現実は思った以上にすすんでいない」
とがっかりする前に
私自身が
「男だから」「女だから」という
アンコンシャスバイアス(無意識の思い込みや偏見)をかけていることに
気づき
まずは「人として」
まわりの人、そして自分自身に接していかねばと思います。
理想を現実にするために
小さなことからコツコツと。

