日記
尊重と役割
先日雨の中、歩道で5歳くらいの女の子とお母さんと思われる人と遭遇したのですが、
なにやら女の子がぐずっている。
どうも女の子はお母さんに抱っこしてもらいたいのですが、
お母さんは「滑るから危ない。歩いて!」と応じない。
ですが女の子はおそらく何故危ないのか理解できずずっと抱っこをせがみます。
これは例えば職場で、部下が上司の言うことを理解できず反発するにも通じるものがありませんか?
お母さんは女の子にどう接すればよいのでしょうか?
5歳くらいの子には、「滑るから危ない」だけでは
「それと抱っこに何の関係があるの?」
が伝わりにくいかと思います。
もしかすると
疲れた、寒い、甘えたいという気持ちが強くて、
説明を聞く余裕すらないのかもしれません。
繰り返しせがむことが、そのまま理解不足とは限らないんですよね。
例えば、しゃがんで目を合わせ
「抱っこしてほしいんだよね。疲れちゃった?」
「今日は地面がぬれていて、お母さんの足がつるっと滑るかもしれないんだよ。」
「抱っこしていると、二人とも転んで痛くなっちゃうから、ここでは抱っこできないよ」
「手をつないでゆっくり歩く? あそこの屋根の下で少し休む?」
と娘さんに話すとどうでしょう?
大切なのは、相手の気持ちをまず受け止めることかと思います。
「気持ちはわかってもらえた」と相手が受け止めてくれたら
頑なな心は少しずつ解れていきますものね。
でも「抱っこしてほしいんだね」と認めることと、実際に抱っこすることは別です。
子供が納得しきれなくても、安全を守る責任は引き受ける。
この場面では
目標は女の子を言い負かすことではなく、
「気持ちは分かってもらえた」と感じられるようにしながら、
安全に移動することです。
相手を尊重することと、自分の役割を手放すことは別です。
ただ「歩いて!」だけで終わらず、
手をつなぐ、休む、荷物を持ってあげるなど、困っていることを軽くする方法を示すことも大切。
そして納得を急がない。泣いたりせがんだりしても、
「抱っこがよかったね。でも、ここではできない。手をつないで行こう」
と落ち着いて繰り返すことが大切だと思います。
理解はしても、なかなか納得はできないものですから。
職場で
もしあなたが上司であったら部下の反発を「説明が分からないせい」と決めつけず、
相手が何に困り、何を求めているかを確かめることができるかどうか。
そしてあなたの判断にも見落としがないか検討する必要があります。
目標は部下を言い負かすことではなく、
「気持ちは分かってもらえた」と感じられるようにしながら、
部下を成長に導くことです。
そして決して自分の役割を手放してはいけないのだと思います。
でも逆にパワーバランスにおいて自分より上の人が
役割を果たしていないと感じたときにどうすればよいでしょう?
次回紐解いていきたいと思います。
月がきれいですね
25日デパ地下に寄ったら和菓子屋さんで行列ができており。
あっと気がつき私も列に並びました。
十五夜ですね。
月見団子買わなくてはっ!
本来は中秋の名月を拝めるところですが生憎大阪は曇り空で26日からは雨。
そうそう!なぜ今年は9月25日が十五夜で中秋というのかご存じでしょうか。
9月25日は旧暦の8月15日。
旧暦では7~9月が秋なので、8月15日は文字通りど真ん中。
まさしく中秋ですね。
そして興味深いのは
日本では中秋、韓国では秋夕、中国では中秋節として
同じ暦の節目、秋の実りを祝っているのですが
共通する暦と農耕文化を背景にしつつも
日本のお月見は中国から伝わった観月の風習が平安時代の貴族の間で楽しまれ、
広まるなかで収穫物を供えて感謝する行事にもなり
韓国の秋夕は収穫期の大切な祝日で祖先への供養や家族の集まりであり
月だけでなく実りと祖先、家族とのつながりを祝う意味が強い行事だそうです。
中国の中秋節では丸い満月に家族がそろう「団円」の意味を重ね、
月餅を分け合いながら団らんを楽しむのだそう。
日本では月見団子、中国では月餅、韓国では米粉で作るソンピョンと
同じ秋の月を見上げる日でも食卓に並ぶものや
祝い方にそれぞれの文化が表れています。
そして月にうさぎがいるという伝承は、日本だけかと思っていたら
中国や韓国、そしてなんとインドにもあるそうで。
ただ、月のウサギが何をしているかは少し違っていて
日本では「餅つき」
韓国でも「餅つき」
中国では「不老不死の薬作り」
さらにインドの仏教説話には飢えた人を救うために自分の身を差し出そうとしたうさぎをたたえ、
その姿を月に残したというお話があります。
同じ月の模様にうさぎを見つけながら、
日本と韓国ではお餅を、中国では薬を作っている。
つながりのある秋の行事であり
同じように月を見上げながらも
それぞれの国で受け継がれてきた物語に出会う。
その背景にあるものを知ることが
多様性を理解する第一歩なのかもしれません。
夏目漱石がかつて「I love you」を「月がきれいですね」と訳したという話。
生徒に意味を聞かれ「愛している」より
「月がきれいですね」の方が伝わると考えたと言われていますが
あなたとこの景色を分かち合えるのがうれしい
この時間を一緒に過ごしていたい
そんな色々な言葉が思い浮かぶこの訳
なんて控えめな愛の告白。
その感性を何もバイアスをかけずに
理解してくれる世界であってほしいと思います。
月がきれいですね。
人間だもの
前回お話したミスを繰り返す同僚に対してあなたならどうするか?
改善案の話の中ではあまり触れっていなかった「お互いの感情」。
落とし穴とは?
お互いの感情です。
実際にミスが起こった時、ミスを起こしたAさんにどんなふうに接するか?
ミスによって被害を被るのは時にはAさんの上司、時には先輩、そして時には後輩です。
おそらく皆さん最初のうちは優しく指摘するのではないでしょうか?
特に後輩は遠慮もあり、丁寧に接するのではないかと思います。
でも何度もミスの影響を受け、そのたびにフォローして、「前にも言いましたよね」という気持ちが積み重なる。
すると、正しいことを言っていても、声や言葉の端々に苛立ちが出てしまう。
一方、言われる側も内容より先に「また責められた」「年下からこんな言い方をされた」と感じてしまえば、防御的になる。
その場では「はい、分かりました」と答えても、内心では納得していない。
そうなると、注意する側は「やっぱり反省していない」と思い、注意される側は「また私ばかり責められる」と感じる。
悪循環ですね。
この段階になると「もっと上手に注意しましょう」と当事者に求めるだけは酷な話です。
実際に穴埋めをしている人に、さらに「相手が傷つかないように上手に指導してね」
という仕事まで背負わせることになりますから。
むしろ管理する立場の方が間に入って、ミスへの対応と、人間関係を切り離す必要があるのだと思います。
たとえば「Aさん、また間違っていますよ」ではなく、
業務として
この処理でエラーが発生した場合は、本人がこの手順で修正する。
再発したものは記録する。
一定回数続いたら上司と手順を見直す。
とすると、後輩が先輩を「指導する人」にならなくて済みます。
そしてAさんに対しては
「どうしてまた間違えたんですか」
ではなく
「どの段階で間違いやすいですか。次に防ぐには何を入れればよさそうですか」
のように、人格や反省の程度ではなく、次の行動に焦点を移すほうが受け止めやすいかと思います。
実は私もAさんのミスのリカバリを何度かしたことがあり、
その度に丁寧に説明をするのですが、
また同じ間違いをするので
「その時は殊勝にして一所懸命メモを取るが、
実際にはうわべだけでまったく反省していなんだな」
と思うようになり、口調がどんどんきつくなっていきました。
指摘後鏡を出して髪を触ったり
誰かと話していておかしいことがあったのか
大笑いしている姿を目の当たりにすると
感情が爆発しそうになります。
「Aさんのせいで私は今余計な仕事をしているのに!」
ですが!
何事がなかったかのように大笑いするのも
注意された直後に鏡をだして髪を触るのも
反省していない証拠とは限らない。
もしかすると嫌な緊張から自分を戻すための行動なのかもしれない。
もちろん、本当に気にしていない可能性だってあります。
結局、本人の内面は分からない。
だから「反省しているかどうか」を判定するのをやめて、
「同じミスが減ったか」
「決めた確認手順を実行したか」という、外から確認できるところだけを見る。
それなら感情が入り込む余地を少し減らせます。
でも感情そのものをなくすことはできない。
迷惑をかけられれば腹も立つし、上から言われたと感じれば反発もする。
それは双方にあります。
健全な境界線というのは感情を持たないことではなく、
「腹が立つのは仕方ない。でも、その感情で相手の人格までは裁かない」
「傷つくのは仕方ない。でも、それと自分のミスを直すことは別」
と、それぞれが分けられる状態なのかもしれません。
今回の問題は
職場がどうやって人の感情と業務上の責任を切り分けるか
という問題なんですよね。
職場に限らず、日常でも人間関係でもめそうなときには
「感情を持つこと」と「その感情に基づいて相手を評価すること」は別、
という「健全な境界線」が大事なのだと思います。
腹が立った自分を
「こんなことで腹を立ててはいけない」と責める必要もない。
「私は腹が立っている。だからこの人は駄目な人だ」と結論づける必要もない。
注意されて傷ついたとしても、
「傷つけられたのだから、相手の言っていることは聞かなくていい」とはならない。
人間だもの。
感情が先に動いてしまいますが
感情が生まれるところまでは自由。
でも、その後どう行動するかは別の問題。
人間関係で職場を離れようと決意した時、
私は「今の自分は本来のありたい自分の姿とはかけ離れている」
事が1番嫌だったのだなあと今は思います。
ついつい他責に走ってしまう自分は醜い。
こんな自分は嫌だ。
が根本にあったように思います。
これ以上嫌な自分にならないように。
折しも今日本はシルバーウィーク。
今の自分が嫌で色々なことに絶望していても
もやもやしていていても
またあの環境に戻るのが嫌で堪らなくても
美味しいものをいっぱい食べて
いっぱい寝て
好きなことをいっぱいしましょうよ。
そして元気になる。
明日好きな自分でいるために。
人間だもの。
きっと元気になれます。
健全な境界線
さて、前回の続きです。
退職理由1位は多くの調査で「人間関係」、
そして「給料が安い、昇給が見込めない」となっており、
前回お話したことも拗らせれば誰かの離職につながります。
同じようなミスを繰り返す同僚に対し
貴方はどういう対応をしますか?
一番やってはいけないのが
ミスの度に周囲が穴埋めをしてしまうことです。
ミスをした人に対して注意はするものの
「私がやった方が早い」 し、
その人のやり直しを待っていたら納期に間に合わず
お客様に迷惑をかける→お客様の信頼を失うことになりかねない。
だからついつい手を出してしまう。
そうすると
本人はミスをしても業務が回ってしまう
→ 周囲は注意するだけでなく後始末までしてくれる
→ 本人の仕事上の問題が表面化しない
→ できる人の負担だけが増える
という構造になってしまい
最終的には、穴埋めしている人が疲弊してしまいます。
そしてその人のことは「大嫌い」になり、
事ある毎にその人の不平不満を口に出す様になりますわね。
ミスを繰り返す人をAさんとします。
ミスが起きたら、
「私が直しておきます」
ではなく、
「ここはAさんの担当なので、Aさんに修正してもらいましょう」
という方向に変えることはできる。
これが第一歩ですが
顧客対応などで緊急に誰かが処理しなければならない場合は、
やはり周囲が助ける必要があります。
ただし、その場合も、
「誰が、なぜ、どこまでフォローしたのか」
は必ず上長が把握するようにすることが非常に重要です。
「Aさんのミスが何度かあり、
その都度こちらで修正しているため本来の業務に支障が出ています。
本人への指導をお願いしたいです」
さらに、
「今後同じミスが発生した場合、
どこまで本人に対応してもらうのか担当範囲を決めていただけませんか」
まで言えれば、とても建設的です。
「Aさんを何とかしてください」ではなく、
「この業務の責任範囲を決めてください」なんですね。
責任の境界線を明確にするわけです。
そしてあるあるなのが
何度注意しても改善しないと、
「言っても無駄」になってしまう。
すると、
本人に直接言うことを諦めて周囲が黙って処理するようになります。
そうすると
Aさんが本当に困まらないと本人にフィードバックが届かなくなる。
本当に響かなくなる。
これはAさんにとっても決して良くないですよね。
ですが
本人へのフィードバック → 改善方法の提示 → 一定期間後の確認
という形を定着させると
単に「またミスしましたよ」ではなく、
「この作業ではこの確認を必ずしてから次に進んでください」
となり具体的な行動レベルまで落とすことができます。
それでも改善しなければ、
これはもう本人の能力・適性の問題として、
上司や会社が考えるべき領域になると思います。
「本人の責任は本人に返す」
「その人の問題を自分の仕事として引き受けない仕組みを作る」こと
が必要なのだと思います。
これは本人を見放すことではなく
本人と周囲の双方を守るための、健全な境界線だと思います。
ただ。。
これまで話してきたことをすでに実践されていて
それでもなあと思っている人がちらほらいるような。。
それはなぜなのか?
ここには書かれていない落とし穴があるからですわね。
次回に続く(いつまで引っ張るんや!)
手放す力
先日英語でのお問い合わせがあり、
当社に関心をもっていただくことは大変有難いのですが
私に言語スキルがなく、
日本語以外のお問い合わせについてはお応えできかねないのが現状でございます。
また余力がなく、メールマガジンの発行も致しません。
ご理解のほど、何卒よろしくお願いいたします。
Informationにも書きましたが、
改めてお詫び申し上げます。
さて、私システムエンジニアとしての仕事も受けており、
時々お客様の執務室で終日作業をさせていただくこともあるのですが、
定期的にお伺いするあるお客様では有難いことに私の席が用意されています。
ただ!
隣席の方の独り言が多く
頻繁に離席するし
キーボードを叩く音も強くなんとも「騒がしく落ち着きがない」人で。
何よりミスが多くよくクレームを受けられているのですが
その方の受け答えする声が大きく緊張感を帯びていて隣席の私は本当に辛い。
特に今私が携わっている業務は主にRPAのシナリオ作りであり、
「頭の中で処理の流れを保持しながら組み立てる仕事」なので
急のに大きな音を出されると集中力を欠き作業効率が下がり
品質にも影響するしではたはた困り。
何よりメンタル面でも結構ダメージをうけておりました。
悩んだ私、「集中力向上のために」と
イヤホンの着用許可をいただきまして
今はかなり私の作業環境が改善されて
かなり楽になり仕事が捗る様になりました。
あなたが私の立場ならどうしますか?
その人や上長にクレームを入れて
なんとか改善してもらおうとしますか?
かつて会社員だった頃
同じような同僚がいた時にはそうしていました。
でもそれは間違いだったと今は思います。
その人を変えようとする。
そして
私はその人を評価してしまっていることに気づかない。
そんな状況では自分の思い通りに事が進むわけはないのに!
何度注意したとしても
やはり独り言は言うし、うろうろするし、同じようなミスを繰り返す。
そうすると
「この人は反省しているのか?」
「本当に悪いと思っているのか?」
「なぜまた同じことをするのか?」
となってしまいます。
そうなるとその人が私の頭の中に入り込んでしまう。
自分の仕事に集中したいのに、
その人の挙動を無意識にモニタリングしてしまう。
これは非常にもったいないですよね。
そして、精神衛生上非常によくない。
その人には何か事情があるかもしれない。
でも
「私はその事情を知らないし、解決する立場でもない。」
だからこそこの人がどういう人なのかは判断しない。
評価する立場でもない。
今回のケースでは私の立場からすると
「この人には仕事上の課題がある。それは会社と本人の問題」
と線を引くことができるので、その上で
「私は自分の仕事をして報酬をもらうためにここに来ている」
と考える。
これが一番いいように思います。
大切なのはイヤホン使用の許可を得るときに
その人を中傷するようなことは言わないこと。
あくまでも自分の仕事の品質を落とさないために
作業環境を守ることが目的なのですから。
大切なのは
「相手を観察してしまう自分の意識を手放す」ことで
その人の行動にイラっとすることがあれば
「あ、今私はこの人を評価し始めているな」
「それは私の仕事ではない。私の仕事に戻ろう」
と気づくことだと思います。
今回のケース、
あなたが
繰り返すミスの穴埋めをしなければならない
被害を受けている同僚の立場であったら
どう対応しますか?
私の立場とはまた違った問題が浮かび上がってくるかと思います。
次回、紐解いていきたいと思います。
