日記
伝わるもの
母の命日には毎年高野山参りをしますので、今年も行って参りました。
トップページのスライドショー最初の数枚を高野山の写真にしました。
最初の2枚は奥の院、
次の2枚は霊宝館近辺の写真です。
紅葉が終わりかけでしたが、
冬の訪れを感じる高野山はとても空気が澄んでいて、とてもよい時期でした。
開業したときに「どんな屋号にしようか?」
考えた時にふと頭に浮かんだのが「I blong to me.」という言葉でした。
これは実はミュージカル「エリザベート」の中の1つの楽曲の題名です。
日本では和訳されて「私だけに」という題名がつき、英語圏では「I blong to me.」となります。
私がこの曲に出会ったのは同僚が貸してくれた宝塚歌劇雪組公演「エリザベート」のビデオで
今やミュージカル界の大スター花総まりさん扮するエリザベートが
ハプスブルク家に嫁ぎオーストリア王妃となり
今までのように自由に生きられなくなった事を身をもって知ったときに
この「私だけに」を歌い上げるのですが、
「たとえ王家に嫁いだ身でも
命だけは預けはしない
私が命委ねる それは 私だけに 私に」と歌い上げたときに
熱い感情がこみ上げてきて号泣してしまったのでした。
英語の歌詞ではこの部分は
I'm here when you need me.
I live and I die with you.
I'll share all your troubles.
I'll laugh and I'll cry with you.
You can blame me and bless me.
But you cannot possess me.
'Cause I belong to me.
To me.
あなたが必要とするとき、わたしはここにいましょう。
あなたと共に生き、そして死にましょう。
あなたが抱えている問題を分かちあいましょう。
あなたと共に笑い、そして泣きましょう。
わたしをとがめたっていい。あがめたっていい。
でもあなたは私を所有することはできない。
わたしはわたしのものだから。
わたしの。
となり、あとでこの歌詞を知りより深く私の心に沁みたのでした。
この雪組公演は世界のいたるところで上演されている「エリザベート」が
初めて日本のキャスト、演出で上演されたもので
初演に対するプレッシャーは相当のものだったようでしたが、
初演を観た友達の話によると
上演後あまりの感動で「拍手が鳴りやまなかった」そうで、
宝塚歌劇で何度も再演されているものの
未だに「初演は超えられない」と今では伝説になってしまいました。
それから何度となく宝塚大劇場に通い、
束の間現実の世界から離れ、美しい夢の世界へ誘っていただきました。
特に初舞台生のラインダンスは
親戚でも家族でもないのに泣けてくるのでした。
疲れた心と体に沁みるのです。
舞台を見終わった後、
「ああ、明日も頑張ろうっ!」と何度と思ったことか。
宝塚は荒んだ私の心を何度となく癒してくれました。
この感動的な舞台を見せるために
どれだけの練習を重ね、努力しているのかと思います。
最近の宝塚歌劇団の報道にふれる度、
胸が痛みます。
実際に劇団の中で何が起こっていたのか
無責任な想像で語ることはできません。
これから先は長らく組織の一員として働いていたものとして
今感じていることを書きます。
組織の一員として「世間」の期待を裏切らないよう「見せる」姿
「見せる」姿を保つために、「見せる」姿になるために
努力は必要だし、
乗り越えないと見えない世界もある。
ですが、その「見せないといけない姿」のために
「私が頑張るしかない」
「私が頑張らないとまわりに迷惑がかかる」
と無理を重ねてしまう
何もかも自分で引き受けてしまう社員に「甘え」
「好意の搾取」をしていることが
当たり前すぎて気づきもしない組織は
「事が起こらない」とどれだけ今の組織が危うい状況にあるのか気づかない。
「事が起こってしまった」時にはもう遅いのに。
呪文なのか
3連休ですが、大阪は雨。
金曜日にコロナワクチンを接種した私。今回は結構熱も出て倦怠感もあり土曜はほぼ1日臥せっておりました。
今日も少し怠くファイザー製のワクチンでしたが今までで一番副反応が強く出ているような。
先日「ミステリーと言う勿れ」という映画を観てきました。
私は原作本からのファンで、主人公久能整君が紡ぎだす言葉の数々に心が救われることもしばしばです。
今回も胸を打つ言葉の数々に溢れていました。
まだご覧になる方もいらっしゃると思うので内容については敢えて触れませんが、
この映画に限らず日々色々な事に接する中で最近強く思っていることがあります。
まだ固まっていない子供は、絶対的な力を持つ大人次第で簡単に傷つきます。
抱きしめてもらえず傷けることしかされてこなかった子供は
傷けることしか知らないから傷つけることでしか人とつながることが出来ない。
それが正しいと信じているので、自分が間違っているとも思わない。
あるいは、これではいけないと頭では分かっていても、自分ではどうしようもない。
傷つける事でしか自分を守る術を知らないのです。
もしまわりにまだ固まっていない子供が居たら
人は刺すものではなく抱きしめるものなんだよと
どうか、抱きしめてほしいと切に思います。
映画の中で少し引っかかったのが
「(家庭に入り子育てするのが)女の幸せ」を言い出したのは多分おじさんで
女の人から出た言葉じゃきっとない。女性をある型にはめるための呪文です」
というセリフがあり、「世の中に残っている言葉はおじさんが言った言葉がほとんどで
そこには趣味と都合が隠されている」
「自分の中から出た言葉を使ってください」と続きます。
私が小さなころは両親共働きで日中子供だけしない家は珍しい時代で、
「お母さんが家に居て子供の面倒を見る」のが当たり前の時代で
学校を卒業したら花嫁修業をする人は「家事手伝い」という肩書を持ち
「就職したとしても2,3年のうちにいい人を見つけて結婚すること」というのが
既定路線でした。
この路線から外れると
「みっともない」ことになり、
「早く嫁に行って幸せになってほしい」とやいやい言っていたのは
父親ではなくむしろ母親でした。
皆さんの御家庭ではどうでしたか?
勿論そういうふうに「良妻賢母」と言われることがそれこそ「女の幸せ」だと
小さいころから言い聞かされてきて(教育されてきて→洗脳されてきて)いたのでしょうが、
そしてその価値観はおじさんたちが作ってきたものなのかも知れないのですが
そのように言ってきた女性たちは
自身の経験から「自分の中から出た言葉」で語っていたのではないでしょうか?
ここにその時代の教育がもたらす価値観の怖さがあると思うのです。
どう思われますか?
機会があれば是非ご意見を聞かせてください。
なりたい自分とありのままの自分と見せている自分
まだまだ油断できませんが朝夕は過ごしやすくなり、しっかり秋の足音を感じるようになりましたが、
夏のお疲れはありませんか?
最近南瓜やさつま芋がとても美味しく、
今日は久しぶりの休みなのでさつま芋ご飯や
最近嵌っている5分ほどレンジでチン→少しのお砂糖とごま塩で味付けするしてバターで炒める南瓜のソテー(これほんま一生食べ続けられる)をはじめ
沢山沢山作りおきをしました。
やっぱり私食欲の秋なんですよねー。。
やっぱりねー。
つい昨日「太ったね」としみじみ言われたばっかりで
人生何度目かのダイエット宣言したばかりなのに。。
...。
やっぱりね。。やっぱりね。。
今の自分は好きですか?
まだ固まっていない頃は不安定だけれども、可能性がいっぱいあって
吸収することもいっぱいあるのですが、
「なりたい自分」と今の自分とのギャップに圧し潰そうで
不安でいっぱいだったなあと今振り返ると思います。
なりたい自分と見せたい自分と見せている自分。
自分自身の姿はどうやって見るか?というと
姿に関しては鏡に映したり、写真や動画を見たりでしょうか。
それにしても鏡に映る自分と写真に写る自分はどうしてあんなにギャップがあるのか??
玄関の鏡の中の自分を見て「お!今日はまんざらでもないかも!」とご機嫌で外出しても、
ふとショーウィンドウに映る自分を見て
「なに?!!このもっちゃりしたダサいおばさんっあ、私かっ!」となり
なんとも切ない気持ちになることがしばしばございます。
何故なのかっ!
玄関の鏡には私しかおらず、比較するものがないので自己満足の世界に留まって居られるのですが、
外の世界に出ると私よりセンスのいい人、スタイルのいい人、綺麗な人がいっぱい溢れていて
嫌でも自分の現実と向き合うことになるわけです。
そして人と話をしたり仕事をしたり遊んだりすると
「世の中にはなんて自分より優秀な人がいっぱいいるんだ!」
ことを知り何とも切ない気持ちになるわけでございます。
でもかの心理学者アドラーが言っているように
人は「こうなりたい自分」があり、今の自分はそこに到達していないからこそ劣等感をもつわけで、
むしろ劣等感を持つことは人としてはとても健全だし必要な事だと思います。
と、これは私の価値観で言っていることで
だから自分の価値観と合わない(コンプレックスなんて微塵もないわ。私の言うことは絶対正しい。だから教えてあげないと!)という人と接するとものすごーく嫌な気持ちになります。
だからその人を敬遠するようになり
「あの人が居るから会社に行くのが嫌っ!」の「あの人」になってしまうわけですが。
そして「あの人」は人によって違うわけです。
でも「あの人」が「見せている自分」は本当に「あの人」が見せたい自分なのか。
もしかするとずっと認めらたいのに認めて貰えてこなかったから
あんな風に虚勢を張ってしまうのか。
と考えて「あの人」を見るようになると
「ついつい自分の意見を押し付けてしまう」のは親切心から言っており
その表現の仕方が下手なだけなのかもしれない
なんて気づき
「まあ鼻につくけど許したるか!」
と思えるようになるかも知れません。
「なりたい自分」と「ありのままの自分」と「見せている自分」
そしてもしかすると「見せたい自分」
ギャップがありますか?
「そもそもなりたい自分もありのままの自分も見せたい自分も見せている自分もよくわからない!」
という方、是非キャリアトランプ🄬でまずは「自分さがし」から始めてみませんか?
(私はキャリアトランプ🄬で人生が変わったので突き詰めたいと思い講師になりましたの)
興味のある方是非ご一報ください!
チョコレートとカレーライス
早いものでもうGWも終わりますね。
なんて早いんでしょう!まったく!
今日、若者数人と雑談していたのですが、
チョコレートの話になり、
「あ、僕チョコレート駄目なんすよ。
匂いがするだけで駄目で、バレンタインデーは地獄です。」
という男子。
すると、
「あ、私も駄目なんですよ。ビスケットにかかっているチョコは辛うじて食べられるようになりましたけど。」
という女子。
ひええっ!長い間生きてきましたが、チョコレートが苦手な人に初めて遭遇した私。
それも二人!
だって、甘いもの苦手な人でも、チョコレートは大丈夫とおっしゃる方が多いような。。
すると、「あ、僕はカレーライスが嫌いで、合宿とか何かにつけてカレーライスがでてきて、地獄でした。」
と高校時代サッカーをしていた男子。
おお。。
「あ、ラーメン嫌いな友達もいますよ!」
な。。なんとっ!
私の中の無難な贈り物ベストワンチョコレートがっ
私の好きな食べ物ベストスリーに入るカレーライスがっ
おっ!「自分の好きなものが他の人も好きやと思ったら大間違いやでっ!」
とつぶやいた貴方。
そうです、その通りなんです。
勿論そんなことは百も承知。
でもね、「人は違って当たり前」って頭では理解していても、
どこかで「こんなに美味しいのだから、みんな好きに違いないっ」
と思っているところがあって。
これが食べ物ではなく、
自分の価値観についてはどうかな?
知らず知らずのうちに自分の価値観を押しつけてこなかったか?
と思いめぐらすこととなったGW最後の夜でございます。
さあ、明日からまた頑張ろう!
どうしようもないこと。だけど。
なんともうGW!
あっという間にGW!
旅行に帰省にキャンプにと!弾けてくださいーっ!
私は、どういう気の迷いか家具を一新しまして、
家を大改造しておりますっ
はるか前に私、BTSをとても愛していて生まれて初めてファンクラブなるものに入ったという話をしましたが、
愛する理由は沢山あるのですが、その一つが彼らが作ってきたストーリーにあります。
そのストーリーをご紹介しようと書きかけたのですが、
思い入れが強すぎて、一晩かかりそうだったので諦めまして、
彼らの今を少しお話したいと思います。
韓国と北朝鮮は休戦状態でありますが、ご存知のように戦争状態で、
韓国の成人男子には原則28歳までに1年半から2年、兵役義務を果たす必要があります。
2022年12月から順に兵役義務を果たすため、入隊していっていますが(今は7名中2名入隊)、
BTSが兵役に就くまでに、韓国内ではすったもんだがありました。
2年前、最年長のメンバーが28歳になるため入隊しなければならなかったのですが、
「大衆芸術の優秀者に限り、28歳までとしている兵役の期限を30歳までとする」
という兵役の改正案が可決され、
これはBTSに対しての処置であることは明らかで、「BTS法」と呼ばれています。
(大きく報道されたのでご存知の方も多いと思いますが)
以前からBTSは「兵役は当然の義務」と公言していましたが、
グラミー賞候補になり、国連でスピーチをし、バイデン大統領からホワイトハウスに招待された彼らが兵役につくことは「国益を損なう」と、兵役免除を推す意見と「そもそも一部の芸術家やスポーツ選手が免除されることは不公平なので撤廃すべき」という意見が拮抗し、なかなか決着がつかず期限延期となり、いざ30歳になっても「兵役免除」の議論がくすぶっていたようですが、結果的にはメンバーが申請し入隊しました。
その間、「お前が「行く」と言えば済む話」と、かなりたたかれていたようです。
(ま、国連でスピーチすることでも「歌手ごときが」とたたかれていたようですが)
入隊前の最年長メンバーは可哀そうなくらい痩せていましたが、
入隊後は健康的な体型になり、良い面構えにもなり。
入隊前はどれだけ心身ともに大変だったのかと思います。
時折軍から提供される写真の中に、銃を構える写真があり。
現在入隊している2名のうち1名は後ろ姿だったのですが、1名は正面の写真で顔が強張っています。
いざという時には、彼らは銃を持って戦うのだと思い知らされます。
多くの国を回り、渾身のパフォーマンスをしながら、
「Please use me,Please use BTS to love yourself」
と語り、多くのマイノリティや弱者を勇気づけてくれた彼らが
銃を持たないとならない。
どんな気持ちなのかと思います。
彼らが背負っているものは本当に重い。
でもその重みを受け入れるしかない。
その覚悟をもって、日々臨んでいる彼らを愛さずにはいられないのです。
生きていると自分ではどうしようもない出来事、
コントロールできない事が身に降りかかることが
圧倒的に多くないですか?
でもその中で自分なりの精いっぱいを続けていくしかないんですよね。
