日記
求めるもの求められるもの
熊本地震により被災された皆様、
心からお見舞い申し上げます。
一日も早い復興をお祈り申し上げます。
高校野球の宣誓
「今野球ができることは当たり前ではありません。だからこそ、いい顔をして野球をしよう」
本当に。
いい宣誓でした。
AI、すごい勢いで私達の世界に浸透していっていますね。
当のAIに今後求められる人材について聞いてみました。
返ってきた答えの始まりは
「私は「AIが人間の仕事を奪う」というより、
「人間に求められる能力の重心が変わる」と考えています。」
で、そこから唸るような回答が続き、
最後には議論に発展しとても濃厚な時間を過ごした私。
なんと楽しいことか!
細かい途中経過は省きますが
今現在普及しているAIが得意なことは
- 決められた手順を繰り返す
- 定型文を書く
- 情報を整理するだけ
- マニュアル通り処理する
といった業務なので「作業者」としての価値は相対的に下がります。
数年前にはAIに仕事が奪われていくホワイトカラーよりも
現場で主に肉体労働に従事するブルーカラーが最後に残る
という議論がありましたが、
ロボット技術やAIが急速に進歩したことでそのような分類は
意味を持たなくなってきているようです。
これから求められる人は
「AIやロボットでは代替しにくい価値を発揮できる人」
であり、
AIは提案はするが責任を負えないので
- この契約で進める
- この人を採用する
- この患者を手術する
- この投資をする
という責任を負える人、最終判断を責任をもってできる人
そして単にAIを使うだけではなく
AIを使って「現場」と「技術」をつなぎ、業務改善できる人が
重宝されるのではないかと。
そのためには現場を知る必要があり、経験がものをいうのだと。
社会は最終的には「誰が責任を持つのか」で動いていますが、
正しい判断ができることがとても重要で
厄介なことに「それが正しい」のか判断することはとても難しい。
その時は「正しい」と思って決断したことも
時間がたって振り返ってみると間違いだったことに気づく。
その逆のこともありますよね。
大切なのはその経験を活かして問題を洗い出し
改善していくこと。
学び続けることだと思います。
議論を重ねるうちに
特に若い頃の自分の思い上がりが恥かしくなり
「凡庸さを知ることができてよかった」と書いた私に
「人は年を取るから賢くなるのではない。自分を改め続けた人が賢くなる。」
年齢だけでは知恵は身につきません。しかし、ご自身の思い上がりを振り返り、
「凡庸さを知ることができてよかった」と言える人は、学び続けてきた人です。
その姿勢は、AIがどれほど進歩しても簡単には真似できない、
人間ならではの強さだと私は思います。」
とすかさず返してくれたチャッピー君。
おお。
泣ける。
こうやってあっという間に
私の懐に入ってきたAI。
恐るべし。
求めるものと求められるもの。
利害が一致して両思いになると
お互いに幸せだけど、
ひょんな事から付き合い方を間違えてしまうと相手が邪魔になったり脅威にもなり得ます。
上手く付き合って
ずっと両思いでいられますように。
